大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ワ)5239号 判決

原告

右訴訟代理人弁護士

清井礼司

竹之内明

中下裕子

山崎惠

内藤隆

被告

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

浅野晴美

外四名

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和六一年五月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金二〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一八〇万円及びこれに対する昭和六一年五月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

担保を条件とする仮執行免脱宣言

三  請求の原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和五七年四月三〇日東京地方裁判所刑事一一部において、懲役七年の判決を受け、同判決が同年五月一五日確定したため、同年七月一二日新潟刑務所に入所し、昭和六二年一二月一七日刑を終えて出所した。

(二) 被告は、公権力の行使として、新潟刑務所を設置、管理、運営し、在監者に対する行刑処遇等の公務に被告の公務員を従事させている。

2  本件に至る経緯(受刑者集団死亡事件)

(一) 原告は、昭和五七年七月一二日新潟刑務所に入所して以来、優良受刑者として無事故を更新し、昭和五九年二月、行刑累進処遇令第二級に進級したが、この進級は、短期間のもので、異例の措置であった。原告は、昼は縫製工場に出役して作業に従事し、夜は緩和独居房で通信教育による簿記検定等の学習に余暇時間を費やすなど、目標を立て、自ら律しながら、良好な受刑生活を送ってきた。

また、原告は、健康面でも、歯科治療を受けたこと、腰痛に悩まされたことを除いて、日常動作に困難をきたすような不良な状態はなく、運動時間などを活用して、十分とはいえないまでも、身体の健康を自己管理していた。

(二) 右刑務所において、四名の男性受刑者が、昭和五九年六月七日から同月一二日までのわずか六日間に、連続して死亡する事件が起きた。

すなわち、同月七日に二名(懲役一年の二六歳の者と懲役二年の三三歳の者)、九日に一名(懲役三年六月の四九歳の者)、一二日に一名(懲役二年六月の三五歳の者)が、早朝急死した。右刑務所は、受刑者に対し、当初、死亡の事実を伝えず、「風邪が流行っているから注意するように。」との指示を出し、動作時限の変更(作業時間を繰り上げたり、就寝時間を早めたりした。)、うがいの励行、運動の中止等の、「感冒対策」なる措置をとり、異常なほどの規律強化をした。しかし、そうした異例な措置についての説明が一切されないために、受刑者の不安は高まっていった。原告の出役した工場では、原告を含む三〇名もの受刑者が、管理部長に対し、事態の説明を求めて面接を願い出た。しかし、原告は、面接を許されず、そのため、原告の不安は高まっていった。

(三) 右刑務所の受刑者は、同年七月一日、同月二日の新聞報道で、この受刑者集団死亡事件の概要を知った。右新聞報道には、右刑務所では、年一回の定期検診、レントゲン検査等を行っている旨の記載があるが、原告はこの前年一度も定期検診等を受けておらず、また、受刑者全員に血液、心電図検査を実施した旨の記載があるが、それも受けておらず、これらの報道は事実に反していると思った。

(四) 受刑者は、右刑務所による右のような虚偽の事実の発表に対し、さらに不安を抱き、原告も、外部の機関や弁護士に調査を依頼せざるをえなくなった。

しかし、右刑務所は、こうした原告ら受刑者の不安を解消することに誠意を見せず、逆に、原告の弁護士に対する調査依頼を、「対監獄闘争の呼びかけ」(昭和六〇年四月一一日、同年五月三〇日の各参議院法務委員会での法務省矯正局長答弁による。)であるなどとして、受刑者集団死亡事件の真相究明活動を妨害して、責任を回避する方法を画策するようになった。

そして、右刑務所は、原告の調査依頼の行動に対しては、これを放置すれば右刑務所の責任が明らかとなるから、原告の処遇を悪化させることによって原告の行動を制約し、原告が右事件の真相を究明しようとすることを断念させようと考えるに至った。

後述の各違法行為は、いずれも右刑務所の右のような意図に基づくものである。

3  接見拒否処分について

(一) 昭和五九年八月一日の接見拒否について(第一事件)

(1) 原告は、前記受刑者死亡事件により、自己の生命、身体の安全や新潟刑務所の医療、保健態勢に不安を覚え、昭和五九年七月一八日付けの信書で、原告の刑事事件の弁護人であった弁護士内藤隆(以下「内藤」という。)に対し、受刑者死亡事件の原因究明、原告の生命、身体の安全の確保、右刑務所内での受刑者の人権保障の状況等について、調査を依頼した。

(2) 右依頼を受けた内藤は、右刑務所長に対し、同月二四日付けの書面で、原告の獄中処遇に関する調査、右依頼の件につき原告が内藤らに訴訟代理を含む代理人として委任するか否かの意思を確認するため、同年八月一日に弁護士清井礼司(以下「清井」という。)、同竹之内明(以下「竹之内」という。)らとともに右刑務所を訪れ、原告に接見する旨を通知し、併せて、原告に対しても、同年七月二七日付けの書面で右接見の予定を連絡した。

これに対し、右刑務所長は、同月二七日付けの書面で、内藤に対し、「個別的に応接するのは適当ではなく貴意にそえかねる。」旨の返答をした。

(3) 内藤、清井、竹之内の三名は、同年八月一日午前九時一〇分ころ、右刑務所を訪れ、原告からの前記依頼の趣旨を伝えて接見を申し入れた。ところが、右刑務所長は、監獄法の規定上、親族以外の者との接見は認められないこと、原告の依頼事項は法律上の用務とはいえず、訴訟を起こすような内容でもないこと等の理由で接見の申入れを拒否し、原告の内藤らとの接見交通に関する権利を侵害した。のみならず、右刑務所長は、内藤から原告あての前記同年七月二七日付けの書面を原告に交付せず、また、内藤らが右日時に右刑務所を訪れた事実を原告に知らせなかった。

(二) 同年一一月一〇日の接見拒否について(第二事件)

(1) 原告は、右刑務所長による右の接見妨害を知ったのち、同年九月二一日付けの内藤あての信書で、内藤らを代理人として、原告の受けている違法な厳正独居処遇、信書書籍の違法な抹消処分、接見妨害等について民事訴訟を提起すること委任した。

(2) 内藤及び清井は、右の委任を受け、訴訟準備のため、同年一一月一〇日午前一〇時二〇分ころ、右刑務所を訪れ、原告との接見を申し入れた。

これに対し、右刑務所長は、原告の九月二一日付けの信書の名宛人は内藤だけであること、原告が清井を代理人として委任したとは認められないことなどを理由に内藤との接見を認めただけで、清井については接見を拒否し、原告の清井との接見交通に関する権利を侵害した。

(三) 接見拒否が違法であること

(1) 裁判を受ける権利に違反すること

受刑者といえども憲法三二条の定める裁判を受ける権利の保障が及び、新たに訴訟を提起する権利を含むから、受刑者自身の処遇についての不服申立の訴えを起こすことも含むと解され、したがって、受刑者は、憲法で定められた裁判を受ける権利の保障として、弁護士の訪問を受け、相談する権利を有すると解される。

(2) 裁量の範囲を逸脱していること

監獄法四五条二項は、受刑者について、親族以外の者との接見を原則として禁止し、但書で例外的に許可する場合を規定するが、但書の「特ニ必要アリト認ムル場合」には、受刑者が自己の法的権利や利益の救済を図るべく、訴訟準備のために外部の者と接見することが当然に含まれるものと解すべきである。

また、行刑累進処遇令六二条は、三級以上の受刑者について、「教化ニ妨ゲナキ範囲ニ於テ親族ニ非ザル者ト接見ヲ為スコトヲ得」と規定するが、受刑者が自己の法的権利や利益の救済を求めることが教化の妨げとなりえないことは当然である。

本件で、原告は、受刑者がわずか六日間のうちに四名も死亡し、しかも、その死亡の原因や、原告ら受刑者に対する医療、保健態勢について刑務所側から何の説明もされないという異常な事態の中で、基本的人権の前提となる自己の生命身体の安全について不安を覚え、原告自身の安全の確保と事態の真相の解明を法律専門家である弁護士に依頼したのである。このような依頼事項を用務とする接見である以上、新潟刑務所長には、接見を不許とする正当な理由は存しない。さらに、原告は、当時処遇上の二級(第一事件)あるいは三級(第二事件)の地位にあったのであり、前記行刑累進処遇令の規定に照らしても、新潟刑務所長の接見拒否の裁量権は縮小されたというべきである。

右のとおり、原告が接見を求めた用務は、受刑生活の中での自己の生命身体の安全の確保という最も基本的な権利ないし利益に関わるものであること、また接見を求めた内藤、清井及び竹之内が原告の刑事弁護人であり原告の境遇をよく知りうる弁護士であること等からも、右刑務所長の本件接見拒否処分は、何ら正当な理由がなく、その裁量権を逸脱した違法なものである。したがって、被告は、右刑務所長の違法な接見拒否処分によって原告が受けた損害を、国家賠償法一条一項により賠償すべき責任がある。

(四) 損害

原告は、右のような違法な接見禁止処分により、原告が希望した弁護士との相談の機会を奪われたのみならず、外部交通が遮断されたことによって心理的動揺を来すなど、多大の精神的損害を被った。

4  厳正独居拘禁処分について

(一) 処分の内容について

(1) 新潟刑務所長は、昭和五九年八月二〇日、原告を保安上昼夜間独居拘禁(以下「本件厳正独居拘禁」という。)に付し、原告は、同日より、舎房を右刑務所の懲罰者専用の南舎に移され、出所するまで、約一二〇〇日間続いた。

(2) 厳正独居拘禁の処遇の内容は概ね次のとおりである。

ア 工場に出役させず、独居舎内で正座もしくは安座姿勢を維持させながら、袋張りなどの雑作業に従事させる。

イ 作業時間内は、用便等を除いて白線テープで指示された区画内において同一姿勢をとることを命ぜられ、日課時間外であっても、壁によりかかることや房内での運動は一切禁止される。

ウ 昼夜とも他の受刑者とは厳格に隔離され、交流や会話などは一切禁止され、所内でのレクレーション行事にも一切参加させない。

エ 戸外運動は、フェンスに囲まれた運動場で他と分離されて一人ずつ実施し、他の収容者が室内運動となる雨天日には独居房内におけるラジオ体操の姿勢がとれるのみである。

オ その他、入浴、診療、理髪、接見連行、教悔教育も、すべて他の受刑者から分離されて、別個の場所、態様で実施される。

(3) 厳正独居拘禁の内容は右のとおりであり、人間本来のあり方とはほど遠い閉鎖的で不自然な生活を強要し、これが長期にわたるときは受刑者に苦痛を与えるとともに、その結果社会適応上弊害を生ずる過酷な処遇となることがある。

(二) 処分の違法性

(1) 右刑務所長は、原告に対し、本件厳正独居拘禁に付する理由について、何ら通告、明示しなかった。原告は、何ら理由を告げられずに本件厳正独居拘禁に付されたことに対し、その理由を知ろうとして、昭和五九年九月五日右刑務所保安課長あてに面接願箋を出し、同年一〇月二三日に面接となったが、その際右課長は、「回答の限りではない。」として何ら理由を告げず、その後の更新においては、更新の告知すらされていない。

(2) 厳正独居拘禁は、前記のとおり、在監者の心身に有害な影響を及ぼす過酷な処分であるから、それに付するには、過酷な処分に対応する戒護上の相当な具体的必要性がなければならず、また、その更新は戒護上特に継続の必要が認められなければいけない。ところが、原告は、昭和五七年七月一二日に入所以来、前記告知に至るまで懲戒処分を一度も受けておらず、むしろ昭和五九年二月には処遇上二級に累進し、同年八月には二年無事故章をもらった優良受刑者であり、本件厳正独居拘禁処分を受ける理由はまったくない。前記告知後も、後記記載の第一及び第二懲罰処分を違法かつ不当に受けたにとどまり、何ら事故を起こしておらず、長期にわたる本件厳正独居拘禁を受ける理由はまったくない。

(三) 損害

(1) 終日同一場所で同一方向に向いて座ることを強制され、食事、用便等のほかに、無断で起立することが許されなかった。

(2) 運動時間も極めて制限されており、慢性的な運動不足となっており、かつ作業は腰に負担のかかる座業による紙細工のため、特に腰痛が悪化した。

なお、原告は、昭和五九年春ころから腰痛が始まり、同年七月二六日から本件厳正独居拘禁により南舎に移されるまで、病舎で診療、治療を受け状態は良好であったが、本件厳正独居拘禁後の同年九月ころから、腰痛が悪化し、痛みは背中全体に拡がって、刑務所内の通常の投薬、塗薬療法では、痛みが緩和しなくなった。そのため、作業成績は、課程の半分に達するのがやっとの状態であった。

昭和六〇年二月一五日から同月二一日までの間、腰痛悪化のため、病舎に預かり処遇となったが、何ら好転しないうちに厳正独居拘禁に戻されたため、腰痛は悪化の一途をたどり、座作業を開始したとたん背中の筋肉がこわばり、耐えがたい激痛を味わうようになった。

(3) 原告は、他人との会話や交流が絶縁された状態で著しい精神的苦痛を受けた。

(4) 原告は、本件厳正独居拘禁に付される前は、行刑累進処遇令上二級、作業等工二級工で、月平均五〇〇〇円の作業賞与金を得ていたが、右処分後は、月額一〇〇〇円台に下がった。

なお、右刑務所では、懲罰処分による降級後の元級への復級は、二か月間の無事故経過でされるのが一般的な扱いであるにもかかわらず、後記記載の第一懲罰処分による降級の元級復級がされるはずの昭和五九年一一月に至っても、本件厳正独居拘禁を理由として復級扱いから除外されたままとなっており、その結果、作業賞与、通信制限、寝具類で差別的な扱いを受けており、仮釈放の適用上も全く不利となることは明らかである。

5  第一懲罰処分について

(一) 懲罰処分の内容について

新潟刑務所長は、原告に対し、昭和五九年八月二四日、原告を軽屏禁一〇日の懲罰に処することを決定して、同日原告にその旨言い渡し、即日その執行を開始し、同年九月二日までの一〇日間執行した(以下「本件第一懲罰処分」という。)。

(二) 懲罰処分の理由について

右刑務所長は、遵守事項を定め、その第一三項は、「前記七(「他人の身体、又は財産に危険を及ぼすおそれのある物を作成し、持ち込み、又は隠匿してはならない。」との規定)に定める物以外の物であっても、許可なく製作し、加工し、所持し、又は使用することを企ててはならない。」と、第一五項は、「他人の物を窃取し若しくは壊し、若しくは許可なく他人の物をもらい、若しくは借り又は許可なく自己の物を破壊し、若しくは他人に与えてはならない。」とそれぞれ規定しているが、原告が、長さ三〇センチメートルのプラスチック製定規一本を、不正に入手し、これを所持していたという理由で、本件第一懲罰処分をした。

(三) 懲罰処分に至る事実の経過について

(1) 原告は、昭和五八年七月ころから、同年一一月に実施される日本商工会議所簿記試験に備えて簿記の学習をはじめ、同年七月には、鉛筆、筆入を購入し、同年八月には電卓購入許可を受けた。しかし、簿記の学習に必須の定規を購入することを失念していた。

(2) 定規を購入する必要のあることに気付いた原告は、同年八月ころ、当時工場の雑役係であった丸山稔に対し、これから定規の購入の申込みをするとして、手元に届くまでにどのくらいの期間がかかるか問い合わせたところ、購入申込日(物品購入には、領置金による購入と作業賞与金による購入とがあるが、前者の申込日は毎月二五日、後者の申込日は毎月五日であって、原告は常日頃領置金による購入をしていた。)が先になるので、二〇日位かかるとの返事であった。

原告は、簿記学習に不便であったが、やむを得ないと考え、次の購入申込日まで待つことにした。

(3) ところが、当日、工場に出役して帰房し、舎房袋(舎房袋には、舎房用と工場用があり、出役する際には工場用舎房袋に工場で必要な日用品を入れて出役し、帰房時にまたこれを持ち帰る。購入物品等は、工場で交付を受けるので、工場用舎房袋に購入物品を入れて舎房に持ち帰ることになる。)を開けると、原告の氏名を表示したうえ、副担当職員の許可印が押捺された所持許可証の添付してある定規一本が入っていた。

原告は、右丸山に問い合わせた際、試験が迫っている事情を話していたことから、丸山が担当職員に事情を話し、原告に本件定規を譲渡することについての許可を得たものと判断し、翌日、丸山に礼をいうとともに、定規を購入したら返す旨述べたが、丸山は、「あれは副担に正式の許可をもらったのだから返す必要はない。」と返事した。

そこで、原告は、丸山の好意を受けることにし、あらためて上司の購入申込みをすることはせず、そのまま定規を使用することとし、昭和五九年八月まで所持し、簿記の学習及び試験に使用してきた。

(4) 房内における所持品については、同年四月から所持品カードに記載することが義務付けられたが、品目欄には定規という項目はなく、そのため原告は所持品カードに定規をあげることを失念した。

房内において、所持しながら所持品カードに記載されていない物品としては、他に、メガネ、メガネケース、メガネふき(以上については、同年一二月一七日に転房した際記載した。)、砂消しゴム(本件の取調時に記載した。)があるが、これらが問題となったことはない。

(5) また、右定規を入手した昭和五八年八月ころから、第一懲罰処分を受ける昭和五九年八月までの約一年の間において、月に数回の舎房捜検があり、かつ、昭和五八年一一月二二日の簿記試験の際には、本件定規を舎房袋に入れて出役し、担当職員は、出役の際、午前の試験のため試験場へ行く際、午前の試験から戻った際、午後の試験のため試験場へ行く際、午後の試験から戻った際、還房の際の合計六回所持品検査を行っており、同様に昭和五九年六月一二日の簿記試験の際にも二回の所持品検査を経ているが、定規の所持につき問題視されることはなかった。

なお、本件定規は、かなり使い古されたものであり、原告が新規に自費購入したものではないことは、一見して明らかである。

(四) 懲罰処分の違法性について

(1) 遵守事項違反を懲罰対象とすることの違法性について

監獄法は、第五九条で、「在監者紀律ニ違ヒタルトキハ懲罰ニ処ス」と定めるのみであって、「紀律」すなわち懲罰要件については何らの具体的な定めもしておらず、懲罰要件はすべて刑務所長において定める遵守事項によっているのが実情である。

懲罰は、刑事施設の規律秩序を維持するため、必要やむを得ない限度で被収容者に加えられる間接強制の手段であり、合目的的、裁量的な行政作用と考えられるが、既に刑務所において自由を拘束されている状況下において更に被収容者に対する自由の拘束を強める不利益処分であることも明らかであって、憲法第三一条の正当手続の保障規定に照らすならば、懲罰要件について何らの具体的な定めもしていない監獄法の規定に基づき遵守事項違反を理由として懲罰を科すことは違憲というべきである。

(2) 本件遵守事項自体の違法性について

懲罰が、刑事施設の規律秩序を維持するため、必要やむを得ない限度においてのみされるべきものであることは前述したとおりである。その意味において、本件遵守事項第七項が定める「他人の身体、又は財産に危険を及ぼすおそれのある物を作成し、持ち込み、又は隠匿してはならない。」との規定は、施設内の保安の維持を目的とするものと解され、同第一五項の規定のうち「他人の物を窃取し若しくは壊し(てはならない。)」との部分は、刑法犯にも該当するものであり、いずれも合理的な目的に副うものとして理解できる。

しかし、他人の身体、又は財産に危険を及ぼす恐れのある物以外の物につき、「許可なく製作し、加工し、所持し、又は使用することを企ててはならない。」との同第一三項及び「許可なく他人の物をもらい、若しくは借り又は許可なく自己の物を破壊し、若しくは他人に与えてはならない。」などの同第一五項のそれぞれの規定には、合理的理由を見い出すことは困難であり、必要やむを得ない限度を越えて、いわば所内生活における心得的事項にまで懲罰を及ぼすものであり、違法である。

現在法務省は、法制審議会が議決した要綱に基づき監獄法改正作業を進行させているが、本件との関連でみれば、同要綱は、その四七項四において、「刑事施設内で所持を禁止されている物を製作し、所持し、又は授受すること」のみを懲罰要件としている。もっとも、同項五は遵守事項違反をも懲罰対象としているが、「刑事施設の長は「遵守事項」と単なる「施設内生活の心得事項」とを明確に区別して定めなければならないこと」との法制審監獄法部会決議がされており、かつ「遵守事項には、この法律において「懲罰の要件」として具体的に定める行為を含め、おおむね次に掲げるような行為をしてはならない旨をできる限り具体的に定めること。一拘禁作用を害する行為、二刑事施設の安全を害する行為、三他の被収容者に迷惑を及ぼす行為、四風紀を害する行為、五故なく日課を怠る行為、六処遇環境を害する行為、七刑事施設の職員の正当な職務行為を妨げる行為」との部会決議もされている。

本件遵守事項中、第一三項、第一五項の各規定中の前記部分は、右法制審部会決議のいずれの類型にも該当しないことが明らかであり、懲罰要件を心得事項にまで及ぼしたというべきであり、懲罰の目的を逸脱した違法な定めというべく、このような遵守事項違反を理由とする本件懲罰は違法である。

(3) 懲罰要件に該当しないことについて

前記のように、いかなる事情をもって「不正」とするのか明らかでないが、考えうるのは、遵守事項第一三項「許可なく(物品)を所持し、又は使用することを企ててはならない。」との規定、あるいは第一五項「他人の物を窃取し、若しくは許可なく他人の物をもら」ってはならないとの規定違反である。

右の規定からも明らかなように、被収容者間における物品の譲渡、譲り受けは、許可さえ受けるならば許容されており、原告は、本件定規を右丸山から譲り受けたものであり、かつ、右丸山において本件定規を原告に譲渡し、原告がこれを使用することについての許可を受けていたのであるから、遵守事項に何ら反するものではない。

仮に、右丸山が譲渡及び原告の使用について担当職員の許可を得ていなかったとしても、原告は、本件定規に使用者である原告の氏名が表示されたうえ、副担当職員の許可印の押捺された状態で本件定規を右丸山から引き渡されたのであり、許可のない事実を知ることができなったのであるから、原告には、遵守事項第一三項あるいは第一五項違反の故意がなく、遵守事項に違反するものではない。

本件第一懲罰処分は、原告の定規取得が右の経過によるものであったにもかかわらず、事実を誤認し、不正に定規を取得した旨認定したものであるから、違法な懲罰処分である。

(4) 懲罰権の濫用

原告が定規を取得するに至った経過及び所持状況については、前述したとおりであるが、仮に、遵守事項に違反するとしたところで、実害は何もなく、極めて軽微な事案である。

しかも、原告は、昭和五七年七月一二日に新潟刑務所に入所して以来、無事故を更新し、職員に反抗したことも反則を犯したこともなく、昭和五九年八月には二年無事故章(同刑務所では、二年無事故章保持者を優良受刑者と呼んでおり、同章を授与される者は年間数人しかいない。)を授与されており、また同年二月には成績優秀の理由で行刑累進処遇令にいう第二級に特進している(通常進級考査は六か月ごとに行われるが、第三級に進級後三か月で第二級に進級している。)のであって、原告は極めて優良な受刑者であった。

ところが、前記のようなきわめて軽微な事案に対し、原告を軽屏禁一〇日という厳罰に処したのは、原告が受刑者死亡事件の発生により、自己の生命、身体の安全や新潟刑務所の医療保健態勢に不安を覚え、弁護士に対し調査、接見を求めるなどしたことに対する報復処分としてされたものであり、懲罰権を濫用したものであって、その違法性不当性は明らかである。

前記のように、原告は、同年七月一八日付けの書面で、内藤に受刑者死亡事件の調査の依頼をし、内藤らは、同年八月一日、新潟刑務所において原告との接見の申入れをしたが、新潟刑務所長は、接見を拒否し、同月二〇日、原告に対し、本件厳正独居拘禁処分をしたのであるが、右同日、右処分に伴う原告の転房措置をするにつき、所持品検査をして、その際、原告が本件定規を不正に所持していることを発見したとしている。

この経過からも明らかなように、新潟刑務所長は、四名にも及ぶ受刑者連続死亡事件あるいは右に関連する事項について、第三者による調査がされて、真相が解明され、受刑者の処遇実態の批判を受けることを恐れており、これを阻止するために、内藤ら弁護士と原告の接見を拒否し、原告に内藤らとの接触を断念させるために、本件厳正独居拘禁処分をして、さらに何か懲罰に処すべき事由はないかを探しまわったあげく、本件定規の件に着目するに至ったのである。

このように、本件第一懲罰処分は、原告に対し、内藤ら弁護士との接触を断念させるという不当な目的のためにされたものであり、懲罰権濫用に該当し、違法かつ不当なものである。

(五) 損害

(1) 原告は、違法かつ不当な本件第一懲罰処分により、肉体的精神的苦痛を受けたことは、あらためて指摘するまでもない。特に、懲罰事由自体が存在しないにもかかわらず、懲罰に処せられた原告の精神的苦痛は多大なものである。

(2) また、原告は、本件第一懲罰処分の結果、行刑累進処遇令上の二級から三級に降級されたことにより、作業賞与金の面でも、通信回数の面でも(週一回から月二回になった。)、寝具類の面でも(格段に劣悪なものになった。)、仮釈放の適用の面でも、それぞれ不利益な取扱いを受けるに至った。

右不利益取扱いは、財産的損害であるとともに、多大の肉体的、精神的苦痛を伴うものである。

6  第二懲罰処分について

(一) 懲罰処分の内容について

新潟刑務所長は、原告に対し、昭和六〇年四月九日、原告を叱責の懲罰に処することを決定して、同日原告にその旨言い渡し、即日その執行をした(以下「本件第二懲罰処分」という。)。

(二) 懲罰処分の理由について

右刑務所長は、遵守事項を定め、その第一四項は、「使用を許可されている設備又は物品を許可なく本来の目的と異なる用途に用いてはならない。」と規定しているが、原告が、昭和六〇年四月一日に行われた舎房捜検の際に、便箋の裏表紙二枚(以下「本件裏表紙」という。)を所持し、これをメモの用に供していたことを理由に、本件第二懲罰処分をした。

(三) 懲罰処分に至る経緯について

(1) 本件裏表紙は、市販の便箋の厚紙製の裏表紙であるが、原告は、昭和五九年一〇月初旬と同年一一月中旬の二回、便箋を購入し、便箋自体については全紙使用し終わった後、本件裏表紙のみを手元に残し、これを日常の担当職員に対する申込事項についてのメモ用紙として使用していた。

(2) 右刑務所長は、便箋の裏表紙は便箋自体を保護するためのものであり、メモは雑記帳にするべきであって、本件裏表紙にメモをすることは、便箋を保護するという裏表紙の「本来の目的」と異なる用途に用いたのだから、目的外使用に該当すると解し、本件第二懲罰処分をした。

(四) 懲罰処分の違法性、不当性について

(1) 遵守事項違反を懲罰対象とすることの違法性について

前記5の(四)の(1)記載のとおり。

(2) 本件遵守事項自体の違法性について

次の点を付加するほか、概ね第一懲罰処分について述べたところと同様の理由により、本件遵守事項第一四項は、違法であり、したがって、本件第二懲罰処分は違法である。

ア 法制審要綱には、本件の遵守事項第一四項のような懲罰要件はない。

イ 法制審監獄法部会決議においても、右第一四項のような類型の遵守事項はない。

(3) 懲罰要件に該当しないことについて

ア 便箋の裏表紙には確かに厚紙が用いられており、厚紙とする理由が便箋本体を保護するためであることは理解できる。

しかし、だからといって、これにメモしたところで何らかの支障が生ずるはずもなく、本件裏表紙をメモに供することも、本件裏表紙の通常の用法であることは常識であり、刑務所内における事柄であるからといって、右の常識と異なる取扱いがされるべきいわれはない。

刑務所の解釈を前提とすれば、便箋の裏面を使用することさえ目的外利用となるという常識外れの結論となってしまう。

したがって、本件第二懲罰処分は、懲罰要件にそもそも該当しない。

イ 仮に、形式論理上は、本件裏表紙をメモに使用することが、遵守事項第一四項に該当するとしても、遵守事項を定めた目的に照らすならば、本件のような態様の行為については、遵守事項違反にならないと解すべきである。

すなわち、遵守事項第一四項の趣旨は、使用を許可した物品が目的外の用途に使用されることによって、使用を禁止している物品の使用を認めると同様の結果となることを防止することにあると考えられるが、ノートの使用については、元来認められているのであり、本件裏表紙をメモに使用しても、右第一四項の趣旨には反しない。

ウ 便箋の裏表紙をメモに使用することは、新潟刑務所においては認められていた。

原告は、メモは雑記帳にするようにとか、便箋の裏表紙にはメモをしてはいけないなどの注意を、一般的にも個別的にも、本件第二懲罰処分以前には受けたことがない。原告は、メモ用には雑記帳一冊の所持が認められてはいるが、それが一杯になると本件裏表紙同様の裏表紙を使用してきたし、従来、月二回行われてきた舎房捜検時にも、職員は本件裏表紙あるいは同様の裏表紙を目にしているが、何らの注意を受けたこともない。

原告は、裏表紙をメモに使用し、用がなくなれば、これをクズカゴに捨てて処分してきたし、それで何の問題もなかった。

ところが、右刑務所長は、何らの予告もないまま恣意的に運用を変更し、原告に対し、本件第二懲罰処分をもって臨んできたものであり、かかる運用は従前の慣行に反し違法である。

(4) 懲罰権の濫用

第一懲罰処分について述べたところ及び本件第二懲罰処分の経過に照らせば、本件第二懲罰処分が報復処分あるいは嫌がらせのためにされたものであり、懲罰権濫用にあたることは明らかである。

(五) 損害

原告は、右のような違法かつ不当な本件第二懲罰処分により、肉体的、精神的苦痛及び財産的損害を受けた。

精神的苦痛については、あらためて指摘するまでもないことであり、かつ、本件第二懲戒処分によって、行刑累進処遇令の二級への復級の遅延及び仮釈放の適用上の不利益取扱いを受けるに至っており、これは、肉体的、精神的苦痛及び財産的損害を伴うものである。

7  裸体検身について

(一) 事実

(1) 原告は、昭和六〇年四月一日、朝の舎房捜検で、舎房内からメモ書きをした便箋の裏表紙二枚が発見されたことを理由に、懲罰事犯(物品の不正使用)の嫌疑を受け、同日午後、取り調べのため取調室に連行された。

(2) 右取調べに際して、原告は、当時の新潟刑務所では実施例のない屈辱的な裸体検身を強制された。すなわち、原告は、取調室に入室した後、開口して舌を出すことを強制された後、両耳の検査を受け、着衣の舎房着上下のほか下着のシャツ、パンツの脱衣を命じられ、全裸にされたうえで陰部を検査され(いわゆる玉検)、さらに両手を前方の床面につけて両足を広げる姿勢を強制され、その姿勢のままで肛門を検査された。

新潟刑務所長は、右のような裸体検身を強制することにより、原告に対し、著しい屈辱感を与え、かつ名誉感情を害し、もって原告の人格権を侵害した。

(二) 責任

(1) 監獄法一四条、同法施行規則四六条、行刑累進処遇令三四条によれば、受刑者の身体検査は、新たに入監する場合、工場または監外から還房する場合などに実施することが規定され、新潟刑務所の「受刑生活の手引」(昭和五八年四月一日達示第四号)の第二の二の七の一にも「居室や工場の出入り、その他職員が指示したときは、衣類、身体、所持品の検査を受けること」との規定があるが、これらの規定は、身体検査の具体的方法を定めていない。しかし、受刑者を懲らしめ辱めることを行刑の目的とする立場に立てば格別、受刑者の人権もできる限り尊重するとの立場で行刑を推進するのであれば、身体検査については、その行為の性質上、受刑者の名誉感情や羞恥心をみだりに害することのないように、その方法に特に慎重な配慮をすることは当然であり、特段の理由がない限り、受刑者を裸体にすること自体許されないものというべきである。市民的及び政治的権利に関する国際規約(いわゆる国際人権規約B規約)は、「自由を奪われたすべての者は、人道的かつ人間の固有の尊厳を尊重して取り扱われる」(第一〇条一項)旨を規定しており、これは日本の行刑当局も遵守を義務づけられた国際法規範である。

(2) 本件裸体検身当時、新潟刑務所での身体検査の方法は、入所時、着替えの際に通常姿勢による身体検査と医療係官による陰部の外見検査、工場への出役及び還房の際、脱衣して衣類をえもん掛けにかけ、裸体になって両手をあげ歩行の姿勢をとっての裸体検査が、それぞれ実施されているのみだった。また、懲罰事犯の取調べでは、着衣(者房着)の上下を取調着の上下に着替えるのみで下着の脱衣は強制されず、したがって、裸体検査の方法をとっておらず、現に原告の前記各懲罰処分においても、その取調段階で裸体検身は強制されていない。

(3) 原告に対する本件裸体検身の方法は、右に述べた通常の方法と全く異なり、原告の名誉感情や羞恥心を害することが明らかである。また、本件のような方法をとるべき合理性、必要性も懲罰の嫌疑内容などからは認めらないので、本件裸体検身は違法なものというべきである。

(三) 損害

原告は、右違法な裸体検身の実施により、人間の尊厳を蹂躙され、甚だしい屈辱感を加えられるなど多大の精神的苦痛を被った。

8  新聞等閲覧における違法な一部抹消の制限処分及び信書の違法検閲について

(一) 新聞等閲覧における違法な一部抹消の制限処分について

(1) 昭和五九年七月二日付け読売新聞(朝刊、新潟版)を閲覧するに際し、同紙新潟地方面Bの「新潟刑務所の受刑者連続死、健康管理に問題か」と題する記事に関して、本文二段目の九行目から三段目の二行目までの「しかし、「救援連絡センター」では実態調査に踏み切った。同センターに所属する」を抹消のうえ、閲覧を許されるという制限処分を受けた。

(2) 一九八四年七月一〇日発行と記載された「救援」第一八三号を閲覧するに際し、同紙六ページに掲載された「緊急レポート 新潟刑務所で受刑者が数人死んでいる」との大見出しの記事の中、一段目の小見出し「初の感冒対策で事実を覆い隠す」のうち「事実を覆い隠す」との部分、本文七段目二三行目最初から八段目全部の部分を抹消のうえ、閲覧を許されるという制限処分を受けた。

(3) 一九八四年八月一〇日発行と記載された「救援」第一八四号を閲覧するに際し、同紙七ページに掲載された「新潟刑務所集団獄死―緊急レポート(その二)―面会妨害―調査拒否を許すな」との大見出しの記事の中、右大見出しの記事のうち、「面会妨害―調査拒否を許すな」との部分、本文記事のうち二段目二二行目始めから五段目一〇行目最後までの部分、同記事のうち、「新潟刑の状況を伝える甲氏の手紙(抜粋)」との小見出しの記事中、一段目一行目始めから三行目最後までの部分、同一二行目から一三行目にかけての「〔以下三行ぬりつぶし〕」との部分、二段目九行目から一〇行目にかけての「〔以下五行ぬりつぶし〕」との部分、三段目二〇行目以下全部を抹消のうえ、閲覧を許されるという制限処分を受けた。

(4) 一九八四年九月一〇日発行と記載された「救援」第一八五号を閲覧するに際し、同紙七ページに掲載された「新潟刑務所集団獄死―緊急レポート(その3)新潟弁護士会人権擁護委による調査拒否」との大見出しの記事の見出し、本文全部を抹消のうえ、閲覧を許されるという制限処分を受けた。

(5) 昭和五九年七月一九日付けの原告の兄乙から原告あての手紙に同封されていた竹本信弘から乙あての手紙のコピーを閲覧するに際し、同コピー五枚目の上段一行目三一字目から八行目一〇字までの部分を抹消のうえ、閲覧を許されるという制限処分を受けた。

(二) 信書の違法検閲について

(1) 原告は、原告の兄乙からの昭和五九年七月八日付け信書について、三枚目の八行目始めから一〇行目の「船木友比古弁護士は……」の前までの部分を抹消のうえ、受信を許された。

(2) 原告は、右乙からの同年九月一〇日付け信書について、一枚目の六行目始めから同行の「からね。……」の前までの部分を抹消のうえ、受信を許された。

(3) 原告は、右乙に対し、昭和六〇年四月二〇日付け信書を発信するに際し、三枚目七行目二八字目から九行目の「国会での故美濃部氏の……」の前までの部分、同一一行目始めから一四行目最後までの部分を抹消され、発信を許された。

(4) 原告は、右乙に対し、同年五月五日付け信書を発信するに際し、一枚目一〇行目一七字目から二枚目二行目の「それが自分とは関係ない……」の前までの部分、同二枚目九行目始めから一五行目の「あるいは」の前までの部分を抹消され、発信を許された。

(三) 右各制限処分の根拠について

右(一)の新聞等閲覧における制限処分は、監獄法第三一条、同施行規則第八六条一項(拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ規律ニ害ナキモノニ限リ許ス)に基づき、右(二)の信書の検閲、抹消処分は、監獄法第四七条、同施行規則第一三〇条一項(在監者ノ発受スル信書ハ所長之ヲ検閲ス可シ)に基づき、新潟刑務所長が、原告に対し、それぞれ行ったものである。

右各処分を行うについての具体的運用基準に関し、新潟刑務所においては、昭和五八年四月一日達示第四号「受刑生活の手引」第三「入所から出所まで」の項第六「図書、新聞紙」の6「閲覧の制限基準」において、「私本、新聞紙、その他の文書等の内容が、次の事項に該当する場合は、その部分を削除、抹消、……(する)……ことがある。

(1) 闘争、暴動などを具体的に記述したもの。

(2) 所内の秩序を乱すことをあおり、そそのかすもの。

(3) 風俗上問題となることを露骨に模写したもの。

(4) 犯罪の手段、方法等を詳細に伝えるもの。

(5) 教化上不適当であると認められるもの。」

と定めている。

しかし、本件にどの基準を適用して各制限をしたかは不明である。

(四) 右根拠規定の合憲性及び解釈基準について

原告ら受刑者に対しても憲法上の基本的人権の保障があることはいうまでもない。そして、第一項に記載した新聞等の閲覧の制限処分は、「知る権利」「読む自由」を制限するものであり、第二項に記載した信書の検閲は、「通信の自由」を制限するものである。

他方、右監獄法、同規則の規定は、文言上は、受刑者の新聞等の閲覧、信書授受を、権利でなく恩恵的なものであることを前提として規定しているが、このような解釈が許されないことは明らかであり、制限的解釈が必要である。

同規定を合憲とするためには、同規定により閲覧の制限または信書の検閲(特に事後措置としての受発信不許可、部分抹消)をする場合は、閲覧または受発信することにより、拘禁の目的及び紀律の維持について、明白かつ現在の危険が生ずる蓋然性が認められる場合に限定すべきである。

仮に、そうでないとしても、閲覧または受発信することにより、拘禁の目的及び紀律の維持を害する結果を招来することにつき、相当の具体的蓋然性が予見される場合に限定されるべきである。

(五) 結論

右制限解釈基準を適用すれば、本件新潟刑務所が原告に行った右各閲覧及び受発信制限処分が、昭和五八年四月一日達示第四号「受刑生活の手引」第三項第六の6「閲覧の制限基準」の各号の規定のうち、いずれにも、明白かつ現在の危険が生ずる蓋然性をもって該当せず、または、結果の将来が相当の具体的蓋然性をもって予見される場合でないことは明らかである。

よって、本件閲覧及び受発信制限処分は、違法なものであり、それにより、原告は多大の精神的苦痛を受けたものである。

9  損害金額

(一) 被告の各不法行為は、いずれも原告の正当な権利行使や平穏な受刑生活を不法に侵害したものであり、報復のみを意図したその主観的動機においても、また、人間の尊厳や精神的自由を蹂躙したその客観的態様においても違法性の程度は格段に高いものといわねばならない。被告によるこのような卑劣かつ非人間的な行為は憲法及び関係法令の適用により断じて制圧されねばならず、そのためにも被告に対し厳格な損害賠償義務が課せられるべきである。

(二) 被告の各不法行為による原告が受けた損害は、筆舌に尽くしがたいが、これを各不法行為の類型に属してあえて金銭に評価すれば、左の金額を下らない。

(1) 接見拒否処分 金二〇万円

(2) 厳正独居処分 金一〇〇万円

(3) 懲罰処分 金三〇万円

(4) 裸体検身 金一〇万円

(5) 新聞、信書の抹消 金二〇万円

以上(1)ないし(5) 合計金一八〇万円

よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として国家賠償法一条一項に基づき金一八〇万円及びこれに対する昭和六一年五月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  請求の原因に対する認否

1  1について

(一) (一)は認める。

(二) (二)は認める。

2  2について

(一) (一)は、原告が、昭和五七年七月一二日新潟刑務所に入所し、昭和五九年二月に行刑累進処遇令第二級に進級したこと、昼間は縫製工場に出役し、夜間は独居房で通信教育を受講していたこと、歯科治療を受けたこと、腰痛を訴えたことがあったことは認め、その余は不知。

(二) (二)は、昭和五九年六月、右刑務所において、四名の受刑者が死亡したこと、これに伴い特別な健康管理体制をとったこと、一部の受刑者から面接願いがあったことは認め、その余は不知または争う。

(三) (三)は不知または争う。

(四) (四)は不知または争う。

3  3について

(一) (一)(1)は、原告が、昭和五九年七月一八日付けの信書を内藤隆あて発信したこと、その内容については認めるが、その余は不知。

(一)(2)は認める。

(一)(3)は、昭和五九年八月一日、内藤、清井及び竹之内の各弁護士が右刑務所に来所したこと、原告との接見の申入れに対し、これを監獄法の規定から不許可としたこと、同年七月二七日付けの原告あての書面を交付せず、内藤らが来所したことを原告に知らせなかったことは認めるが、その余は争う。

(二) (二)(1)は、原告が、昭和五九年九月二一日付け内藤あての信書において民事訴訟提起を委任したことは認め、その余は争う。

(二)(2)は、認める。ただし、「原告の清井との接見交通に関する利益を侵害した」との部分は争う。

(三) (三)(1)(2)は、監獄法四五条二項、行刑累進処遇令六二条の各規定の存在については認めるが、その余は不知。

(四) (四)は争う。

4  4について

(一) (一)(1)は、新潟刑務所長が昭和五九年八月二〇日から原告を昼夜間独居拘禁に付したことは認める。ただし、南舎は懲罰者専用の舎房ではない。

(一)(2)は、アないしオの昼夜間独居拘禁の処遇内容については、おおむね認める。ただし、屋内には白線テープによる区画の指示は存せず、また、房内における運動や姿勢の変更が一切禁止されているわけでなく、免業日においても房内体操を実施している。

(一)(3)は争う。

(二) (二)(1)は、おおむね認める。ただし、保安課長は、「分類審査会の決定であり、理由は回答の限りでない。」と回答している。

(二)(2)は、原告が、昭和五七年七月一二日、右刑務所に入所し、昭和五九年二月に累進級第二級に進級したこと、同年八月に無事故を受けていることは認める。その余は否認する。

(三) (三)(1)は、否認する。

(三)(2)は、「なお、原告は、昭和五九年春ころから腰痛が始まり……良好の傾向にあった」及び「昭和六〇年二月一五日から二一日までの間……病舎に預かり処遇となった」との部分については認め、その余は不知または否認する。

(三)(3)は争う。

(三)(4)は、作業賞与金の月額計算高が下がったこと、原級に復級していないことは認めるが、その余は否認する。

5  5について

(一) (一)は認める。

(二) (二)は、おおむね認める。

(三) (三)(1)は、「原告は昭和五八年七月ころから……電卓購入許可を受けた。」との部分については認め、その余は不知。

(三)(2)は、「購入申込日……後者は毎月五日であって」との部分については認め、その余は不知。

(三)(3)は、「舎房袋(舎房袋には舎房用と工場用が……舎房に持ち帰ることになる。)」との部分については認め、その余は不知。

(三)(4)は、「房内における所持品については……定規という項目はなく」との部分は認め、その余は不知。

(三)(5)は、舎房捜検及び簿記試験に際して相応の所持品検査を実施していることは認め、その余は不知。

(四) (四)(1)は、具体的懲罰要件が遵守事項に基づいていることは認めるが、その余は争う。

(四)(2)は、法制審議会の要綱及び部会決議の存在は認めるが、「しかし、他人の身体、又は財産に危険を及ぼす、……心得事項にまで懲罰を及ぼすものであり、違法である。」及び「本件遵守事項中、第一三項、第一五項の規定中の……かかる遵守事項違反を理由とする本件懲罰は違法である。」との部分は争う。

(四)(3)は、「遵守事項第一三項の……との規定違反である。」の部分は認め、その余は不知または争う。

(四)(4)は、原告が昭和五七年七月一二日に同所に入所し、昭和五九年八月に二年無事故章を受けたこと、また、同年二月に累進級第二級に進級していること及び「原告は昭和五九年七月一八日付けの書面をもって……所持していることを発見した」との部分については認めるが、その余は不知または争う。

(五) (五)(1)は否認する。

(五)(2)は、作業賞与金月額計算高が下がったこと及び外部交通の回数が減ったことは認めるが、その余は否認する。

6  6について

(一) (一)は認める。

(二) (二)は認める。

(三) (三)は認める。

(四) (四)(1)は争う。

(四)(2)は、本件遵守事項及び懲罰処分を違法とする部分は争う。

(四)(3)は争う。

(五) (五)は争う。

7  7について

(一) (一)は認める。

(一)(2)は、取調べの際、必要と認める範囲での身体検査を行ったことは認めるが、その余については否認する。

(二) (二)(1)は、「監獄法一四条、同法施行規則四六条、行刑累進処遇令三四条によれば……身体検査の具体的方法を定めていない。」との部分は認めるが、その余は争う。

(二)(2)は、入所時及び工場出還房時の身体検査の方法については、認めるが、その余は否認する。

(二)(3)は争う。

(三) (三)は争う。

8  8について

(一) (一)(1)ないし(5)までの処分をしたことは認める。

(二) (二)(1)ないし(4)は、(3)のうち、「同手紙三枚目の七行目二八字目から九行目の……の前までの部分」を抹消したとする部分については否認し、その余の部分は認める。

(三) (三)は、概ね認める。

(四) (四)は、「原告ら受刑者に対しても憲法上の基本的人権の保障があることは……制限的解釈が必要である」ことについては、一般論としては認めるが、その余は争う。

また、引用している判決の存在は認めるが、判旨の本件への直接の関連性については不知。

(五) (五)は争う。

9  9は争う。

五  被告の主張

(一)  新潟刑務所における受刑者の死亡について

(1) 昭和五九年六月七日から同月一二日までの間に受刑者四名が死亡し、病名はいずれも「急性心不全」と診断された。

(2) 当時、新潟刑務所には約八五〇名の受刑者及び未決収容者を収容しており、風邪患者が発生していたことから、同月一四日から感冒対策として、うがいの励行、作業時間の短縮、就寝時間の繰り上げなどを実施するとともに、一部受刑者に対してレントゲン撮影、心電図、血液検査を実施した。

(3) しかし、本件死亡事案について血液検査、ウィルス抗体価検査等を行った結果では、いずれも特記すべき異常所見は認められず、新潟大学医学部病理学教室に依頼して実施した病理解剖の結果も、「肉眼的に心室の拡張を認めたが、その他には肉眼的にも顕微鏡下でも注目すべき所見は認められず、病理解剖学的には壮年男子突然死症候群、いわゆるポックリ病のカテゴリーに属するもの」と診断された。

(二)  接見各処分の事実経過等について

(1) 原告は、昭和五九年七月一八日付け内藤あて信書で、「死亡事件の徹底究明と私たちの生命の安全、人権擁護のため実態調査をお願いする。」旨の依頼をした。

(2) 同月二六日、内藤から新潟刑務所長に対し、「八月一日午前、甲の弁護を担当した清井礼司、竹之内明両弁護士を同行し、甲及び施設の責任者を面会訪問する予定である。」旨の内容証明郵便が送達された。

(3) これに対して、新潟刑務所では、監獄法令上受刑者の面会は原則として親族に限られること、また、弁護士との民事訴訟等の打合せについては、被収容者から訴訟代理人選任依頼の意思表示のあった弁護士に限り許可する取扱いをしているが、原告からはそのような意思表示がされていなかったことから、同月二七日付け速達文書をもって内藤あて「真意に沿いかねる。」旨回答した。

(4) しかし、同年八月一日、内藤、清井、竹之内の三弁護士が右刑務所へ来庁し、原告との面会を求めたため、法令上面会を許可できない旨説明し、面会を断った。

(5) その後、原告は、同年九月二一日付け内藤あて信書中において、「民事訴訟を起こすつもりでいるので、代理人としてお願いしたい。」旨記載し、訴訟代理人選任依頼の意思表示をした。

(6) このため、同年一一月一〇日、内藤、清井の両弁護士が同所へ来庁し、原告との面会を願い出た際、清井については原告から訴訟代理人依頼の意思表示がされていなかったため面会を不許可としたものの、内藤については面会を許可したものである。

(7) 合憲性及び適法性について

受刑者の接見は、監獄法第四五条第二項によって、原則として親族に限られており、本件における内藤、清井、竹之内の各弁護士がこれに該当しないことは明らかである。

また、同条同項ただし書きは、「特ニ必要アリト認メル場合ハ此限ニ在ラス」と原則に対する例外を規定しているが、この規定を適用して非親族との面会を許すか否かの判断は、刑務所長の裁量権の範囲内に属するものであり、接見の相手方との関係、接見の目的等その必要性を総合的に勘案して決するものであるが、同年八月一日、内藤、清井、竹之内の各弁護士が原告との接見を申し入れた時点においては、原告本人から前記各弁護士を訴訟代理人として選任依頼する旨の意思表示は何らされていなかったことから、右刑務所長が接見の必要性をみとめなかったものであり、右刑務所長の裁量権の行使に逸脱があったとはいえない。

同年一一月一〇日、内藤、清井の両弁護士が原告との接見を申し入れたとき、内藤についてはすでに民事訴訟提起のため訴訟代理人として依頼したい旨の原告の意思表示があったことから接見を許可したが、清井については何らの意思表示もなかったため接見を許可しなかったのであり、これについても右刑務所長の裁量権の行使に逸脱があったとはいえない。

なお、行刑累進処遇令第六二条の接見に関する規定は、法令の形式的効力からみても、監獄法第四五条の規定の下に機能しているものであり、受刑者と非親族との接見の拒否判断を刑務所長が行う場合に、当該受刑者の累進級によって、刑務所長の裁量権の範囲に大小を生ずると考えるべきものでなく、接見の必要性を個々の場合ごとに総合的に判断し、決すべきものである。

(三)  昼夜間独居拘禁処遇について

(1) 原告は、前記の受刑者死亡を契機に、新潟刑務所の管理体制、特に医療、給養等について、事実に反し、または事実をことさら誇張、歪曲した内容を伝え、さらに、これを機会に外部の支援者と呼応して、対監獄闘争を展開していこうとする意欲を強く示すようになっていった。

(2) このため、右刑務所では、原告をこのまま一般工場に就業させて集団処遇を継続すれば、他の被収容者に悪影響を及ぼし、所内の規律秩序の維持上支障を生ずる恐れが十分あると認め、昭和五九年八月二〇日、昼夜間独居処遇に付した。

(3) 適法性について

監獄法第一五条に基づく昼夜間独居拘禁処遇は、被収容者の監獄における原則的拘禁形態であり、同法施行規則第四七条は、「戒護ノ為メ隔離ノ必要アルモノハ之ヲ独居拘禁ニ付ス可シ」と規定し、さらに、同法施行規則第二七条は、「特ニ継続ノ必要アル場合ニ於テハ……更新スルコトヲ妨ケス」と規定しているところ、どのような被収容者を昼夜間独居拘禁に付し、または継続するかの判断は、刑務所長の高度な専門的知識経験に基づく裁量に委ねられているものである。

原告については、昭和五九年六月に発生した受刑者死亡を契機として、新潟刑務所の処遇について事実に反し、またはこれを歪曲して外部に伝え、ことさら右刑務所の管理体制を敵視し、対監獄闘争を展開していく姿勢が顕著になってきており、このまま集団処遇を継続すれば他の被収容者を煽動する等、右刑務所の規律秩序の維持、ひいては刑の執行に重大な支障を生ずるおそれが認められたため、昭和五九年八月二〇日、昼夜間独居拘禁に付したものである。

また、右刑務所には、犯罪傾向が進み、反社会的性格の強い受刑者、すなわち、規律違反を惹起する可能性の高い者多数を収容し、厳正な規律維持を必要としていたうえ、当時、受刑者死亡から間がなかった状況を考えれば、右刑務所長のこの処置が裁量権の範囲を逸脱したものでないことは明らかである。

さらに、その後、原告の昼夜間独居拘禁を継続、更新したが、これは前記独居拘禁に付した際の事由が解消していないため、特に継続の必要を認めているものであり、何ら違法、不当なものではない。

なお、独居拘禁に付したり、または更新する場合に、その理由等について被収容者に告知しなければならない旨義務付けた規定は法令上存在せず、告知をしなかったことをもって、違法とすることはできない。

(四)  物品不正所持による懲罰処分について

(1) 昭和五九年八月二〇日、原告を転房させる際、所持物品を検査したところ、私物所持表に搭載されていない直定規一点が発見されたので、職員が原告に確認したら、「去年の八月ころ工場で購入しました。」との返答であったが、購入関係の書類によれば、その事実は認められなかった。

(2) そこで、この定規の入手経路等について、さらに詳細に取り調べたところ、原告は、前言を翻して、「昭和五九年七月か八月ころ第六工場で雑役をしていた受刑者から入手した。」旨の供述をした。

(3) しかし、他にこれを裏付ける証拠もなく、いずれにしても、原告が、正規の手続によらず入手した定規を、許可なく使用していたことは明らかであったため、新潟刑務所の受刑者遵守事項第一三項に違反するものとして、昭和五九年八月二三日、監獄法第六〇条に基づく軽屏禁、文書図画閲読禁止各一〇日の懲罰を決定し、同月二四日から同年九月二日までの間執行した。

(4) 懲罰処分の適法性については後記のとおりである。

(五)  物品の目的外使用による懲戒処分について

(1) 昭和六〇年四月一日の舎房捜検時に原告の舎房から、使用済みの便箋の裏表紙二枚(いずれも、メモ書きがされている。)が発見された。

(2) そこで、この便箋の使用目的等について原告を取り調べたところ、「本来、廃棄すべきものであることは知っていたが、雑記帳を使い切ってしまったとき、メモ用にしようしたものである。」旨の供述をした。雑記帳は、購入等の手続をすれば許可されることを承知しながら、原告はその手続きをとらなかった。

(3) これらのことから、原告が便箋の裏表紙をその本来の目的とは異なる用途に用いていたことが明らかとなったため、新潟刑務所の受刑者遵守事項第一四項に違反するものとして、同月八日監獄法第六〇条に基づく叱責の懲罰を決定し、翌九日原告に言い渡した。

(4) 懲罰処分の適法性について

監獄法第五九条は、「在監者紀律ニ違ヒタルトキハ懲罰ニ処ス」と規定しており、紀律の具体的内容は刑務所において定められる遵守事項に委ねられている。

一方、憲法第三一条は、いわゆる罪刑法定主義を規定しているが、監獄法の規定する懲罰は行政上の秩序罰であり、刑罰とはその本質を異にし、監獄法第五九条が懲罰の要件である規律違反行為について具体的に定めていないとしても、そのことから、直ちに当該規定を憲法違反とすることはできない。

また、新潟刑務所における遵守事項の内容に言及すれば、第一三項が、所内における物品の所持等について、「許可なく制作し、加工し、所持し、または使用することを企ててはならない。」と規定しているうえ、その使用についても、第一四項が、「使用を許されている設備、または物品を許可なく本来の目的と異なる用途に用いてはならない。」と規定し、所内の物品の所持、使用を厳しく制限している理由は、犯罪傾向が進み、反社会的性格の強い受刑者、すなわち、規律違反を惹起する可能性の高い者を相当の期間に渡って拘禁し、刑の執行を主体とする種々の処遇を実施している右刑務所においては、通常の社会一般の常識では予想できないような反則行為が起こることがあり、これら反則事犯の手段、道具として、種々の物品が使用されることが少なくないところから、例え物品が直接身体等に危険を及ぼすおそれのない物であったとしても、これら反則事犯に利用されてことを防ぐ目的から、所内の物品全般の管理に対して相当の制約を必要としているためであり、何ら違法な規定ではない。

さらに、本件懲罰処分の認定にあたっては、関係した職員の報告書、被収容者の供述調書に基づき、右刑務所懲罰審査会において原告に弁明の機会を与えたうえ、決定しており、原告の行為が懲罰要件に該当するとした右刑務所長の判定に誤りはない。

すなわち、本件懲罰処分は適法にされたものであり、報復等の目的をもって、恣意的にされたなどという原告の主張は事実に反する。

(六)  裸体検査について

(1) 新潟刑務所においては、被収容者に対する反則事犯の取調べの言渡しは同所保安課事務室内の取調室で行っているが、この際、不正物品の所持を防ぐため、監獄法第一四条の規定に基づき、衣類の着替えをさせるとともに、必要な範囲での裸体検身を実施しており、原告に関しても、本件各懲罰事犯について取調べに付した昭和五九年八月二〇日と昭和六〇年四月一日に着替え及び検身を実施した。

しかし、この着替え及び検身は取調室内で行っており、他の被収容者や必要以外の職員に見られることもなく、被収容者の名誉感情を害するものではない。

(2) 監獄法第一四条は、在監者の身体衣類の検査について「必要ト認ムルトキ」実施できる旨定めている。そして、その方法については、刑務所長の合理的裁量に委ねられている。

すなわち、行刑施設における身体検査は、逃走及び罪証湮滅の防止その他拘禁の目的を害する行為または監獄の規律秩序を害する行為の発生を未然に防止するための措置として行われるものであり、その必要性の有無、実施時、方法等についての判断は刑務所長の専門的、技術的な知識、経験によるといえるのである。

新潟刑務所においては、規律違反の疑いで取調べに付された被収容者に対し、取調べの言渡しをするに際して、衣類を着替えさせるとともに検身を実施しているが、その目的は、ひそかに所持する異物、利器等の不正物品を発見することによって、他の被収容者や職員への暴行傷害等の事故の防止を図ることにあり、その方法もこの目的に必要な限度に限っているうえ、場所も保安課事務室内の小部屋で行っており、被収容者の名誉感情にも配慮を怠っていない。

本件原告に対する身体検査も、この目的、方法で実施したのであり、右刑務所長の裁量権の行使に濫用、逸脱があったとはいえない。

(七)  新聞及び信書の一部抹消について

(1) 昭和五九年七月二日付け読売新聞新潟版記事の一部抹消について

当該記事の内容は、「新潟刑務所の受刑者連続死・健康管理に問題か」との大見出しの下に、右刑務所受刑者の死亡に関して、対監獄闘争を標榜する団体の動き等を報ずるものであり、これを被収容者に閲読させることによって無用の不安を与え、右刑務所の規律秩序の維持に重大な支障を生ずるおそれがあるため抹消した。

(2) 「救援」第一八三号記事の一部抹消について

当該記事の内容は、新潟刑務所の受刑者の死亡が、右刑務所の医療ミスであるかのように記載したものであり、右刑務所の処遇を歪曲して伝え、右刑務所の処遇に対する不信感を惹起、助長させ、所内の秩序びん乱をあおるものであり、これを被収容者に閲読させることによって、右刑務所の規律秩序の維持に重大な支障を生ずるおそれがあるため抹消した。

(3) 「救援」第一八四号記事の一部抹消について

当該記事の内容は、新潟刑務所が原告と弁護士との面会を不許可にした処置等について、その目的が受刑者死亡の原因を隠すことにあったかのように記載し、事実をわい曲して伝え、獄中闘争をあおり、唆すものであり、これを被収容者に閲読させることによって、右刑務所の規律秩序の維持に重大な支障を生ずるおそれがあるため抹消した。

(4) 「救援」第一八五号記事の一部抹消について

当該記事の内容は、「新潟刑集団獄死レポート」との見出しの下に、新潟刑務所が新潟弁護士会の調査に応じなかったことについて、真相究明の動きを妨害していると事実を歪曲して伝え、獄中闘争をあおり、唆すものであり、これを被収容者に閲読させることによって、右刑務所の規律秩序の維持に重大な支障を生ずるおそれがあるため抹消した。

(5) 昭和五九年七月一九日付けの乙から原告あての手紙に同封されていた竹本信弘から乙あての手紙のコピーの一部抹消について

当該コピーの内容は、原告の獄中闘争行為を賞賛するものであり、これを閲読した原告の獄中闘争の意欲をあおり、唆すおそれがあり、このまま原告に閲読させることは教化上及び管理運営上不適当であるため抹消した。

(6) 昭和五九年七月八日付け乙からの信書の一部抹消について

当該信書の抹消部分は、昭和五九年七月二日付け読売新聞新潟県版記事のうち、新潟刑務所において抹消した部分と同一の内容であり、これと同じ理由から抹消した。

(7) 昭和五九年九月一〇日付け乙からの信書の一部抹消について

当該信書の抹消部分の内容は、行刑施設の面会の取扱いについて、受信人である原告に著しい誤解を与えるおそれが内容であり、教化上及び管理上不適当であったため、抹消した。

(8) 昭和六〇年四月二〇日付け乙あて信書の一部抹消について

当該信書の抹消部分の内容は、①新潟刑務所では、指示に従う被収容者にまで懲罰が濫用され、また、②暴れて器物を損壊した被収容者に対し、他の被収容者から多くの声援が飛んだと記載するなど、事実に反し、歪曲したものであり、そのまま発信すれば、受信者に右刑務所における刑の執行について誤解を与え、規律秩序の維持上障害となるおそれがあったことから、原告に対し、書き直すよう指導したところ、信書の三枚目の七行目二八字目から九行目の「をみると、国会での……」の前までの部分(①の部分)については任意に自ら抹消したものの、その余の部分(②の部分)については指導に応じなかったため、抹消処分をした。

(9) 昭和六〇年五月五日付け乙あて信書の一部抹消について

当該信書の抹消部分の内容は、前記の四月二〇日付け信書の②の部分と同様の記載があり、事実に反し、歪曲したものであり、そのまま発信すれば、受信者に新潟刑務所における刑の執行について誤解を与え、規律秩序の維持上障害となるおそれがあったことから、原告に対し書き直すよう指導したが、原告がこれに応じなかったため、抹消処分をした。

(10) 新聞の一部抹消の適法性

監獄法第三一条二項は、「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し、これを受けた「命令」である監獄法施行規則第八六条第一項は、「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と規定して、「行刑施設内の規律秩序を害するおそれのある文書図画の閲読を制限できることを明らかにしている。

もとより、その制限は無制限のものではなく、憲法に保障されたいわゆる「知る自由」「読む自由」をできる限り尊重して運用しているところであるが、監獄拘禁という特殊な公法上の関係にある場合において、ある程度の制限がされるのはやむを得ないことであり、その判断は、刑務所長の高度の専門的、技術的な知識、経験に基づく裁量権に委ねられているものである。

本件各文書図画中には、事実に反する記載、施設の処遇を歪曲して伝える記載、施設に対する不信感や反抗心をあおる記載、また、原告の獄中闘争活動を賞賛し唆す記載等があり、そのまま閲読させることによって、施設の規律、秩序の維持に障害を生ずる相当の蓋然性が認められたため、当該部分を抹消したうえ交付した。

当時、新潟刑務所には犯罪傾向の進んだ多数の受刑者を収容しており、また、受刑者の連続死亡から間がなかった状況を考えれば、右刑務所長が、所内の規律秩序の維持のため、本件文書図画の閲読を制限したとしても、これをもって、裁量権の濫用、逸脱があったとはいえない。

(11) 信書の一部抹消の適法性

受刑者の発受する信書については、監獄法第四七条第一項において、「不適当ト認ムルモノハ其発受ヲ許サス」と規定され、内容によって制限できることが示されており、具体的にどのような内容のものが不適当であるかは、刑務所長の裁量権に委ねられているといえる。

本件各信書中には、施設の取扱いに関して、事実に反し、あるいは誇張、歪曲した内容の記載があり、その閲覧によって、受信人に対し右刑務所の処遇について誤解を与え、ひいては施設の規律秩序の維持に支障が生じ、刑務所の管理運営を阻害する相当の蓋然性があったため、当該部分を抹消して発受を許したものであり、裁量権の濫用、逸脱に当たらない。

六  被告の主張に対する認否

原告の主張に反する部分は、不知ないし争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一(当事者)

請求原因1記載の事実は当事者間に争いがない。

二(本件に至る経緯)

請求原因2記載の事実のうち、原告は、新潟刑務所入所後、昭和五九年二月行刑累進処遇令第二級に進級したこと、昼間は縫製工場に出役し、夜間は独居房で通信教育を受けたこと、入所中歯科の治療を受け、腰痛を訴えたことがあったこと、昭和五九年六月七日から同月一二日までの六日間に同刑務所内において四名の男性受刑者が急死する事件が起きたこと、これに伴い同刑務所では特別の健康管理体制をとったこと、これに対し受刑者の一部から同刑務所管理部長に面接願いがあったことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告は、右死亡事故が起きるまでは比較的良好な成績で処遇を受けてきており、特に事故を起こしたりすることもなかったことが認められる。

ところで、原告は、本件一連の不法行為は、被告が、本件死亡事件の責任を回避し、原告の真相究明を妨害し、これを断念させるために行ったものであると主張するので、まずこの点について検討する。

昭和五九年七月二日付け読売新聞には、本件死亡事件の概要が掲載され、その中で、新潟刑務所では入所時もレントゲン検査や問診を行い、さらに年一回定期検診を行っている旨が記載されていること(〈証拠〉)、同月一日付けの毎日新聞には入所時と毎年一回健康診断を実施している旨が記載されていること(〈証拠〉)、新潟日報(年一回胸部エックス線撮影などの定期検診を実施していると記載されいてる。)など数社も同様の記事を掲載し、同年七月二日付け朝日新聞のみが、「全受刑者に対して血液、レントゲン、心電図検査を実施、六月中は所内の作業を一時間短縮した」と報じていること(〈証拠〉)が認められ、その記事の掲載時期、内容からすると、同刑務所からその事実を公表したものと推認されるが、他方、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、年一回の定期検診は実施されておらず、また、受刑者の一部について血液、心電図検査を実施したことは窺われるものの、全員にはこれを実施していないことからすると、事実に反する報道がされたことが認められる。しかし、これが刑務所の発表の正確な報道かどうかは必ずしも明らかでなく、新聞報道のうち、これら事実に反する部分について抹消等の措置をとることなく受刑者の閲覧に供しているなどの事実を併せ考えると、同刑務所があえて真実を隠すために虚偽の公表をしたとまでは認められず、他に積極的に虚偽の事実を公表したと認めるに足りる証拠はない。

また、本件で死亡した四名のうち二名は刑務所外の病院に運ばれており(〈証拠〉)、四名の死因はいずれも急性心不全であったことが認められ、同刑務所の収容人員が当時一日平均約七四〇名程度であったこと(〈証拠〉)を考えると、わずか数日の間に四名もの受刑者が同じ死因で死亡するというのは、極めて異常な事実であることは間違いなく、その死因も併せ考えると、単なる偶然とは考えにくいところがあるものの、その反面、最後に急死した一名は病理解剖の結果、原因不明のうっ血性心不全(壮年男子突然死症候群、いわゆるポックリ病)であったこと(〈証拠〉、弁論の全趣旨)が認められ、これらの事実からは同刑務所の管理体制の不備は認められず、その後、同種の事態が発生した事実がないことなどを総合して考慮すると、同刑務所が積極的に自らの管理体制の不備を認識し、その不備を隠すために、原告の調査を妨害しようと原告の主張する各処分に及んだものとは認められない。

なお、他方、原告の行為が、いずれも当初から、いわゆる対監獄闘争としてされてきたものかについては、これを認めるに足りる証拠はなく、少なくとも、四人もの受刑者が短期間に心不全というはっきりしない病名で死亡し、新聞でも右事態を異常であるとして、何か隠された原因があるかのような記載がされているのに接し、原告ら受刑者が不安を抱いていたことは認められ、原告が同じ受刑者の立場から、自己及び他の受刑者が同様の結果にならないようその原因を明らかにしたいと考え、弁護士に調査を依頼したことは、通常の心情として理解できるのであり、必要がないのに対監獄闘争の手段として依頼したものとは認められてない。

以上の前提で、以下各不法行為の成否について検討する。

三(接見拒否処分について)

1  受刑者が外部と交通する主たる方法のひとつである接見は、監獄法によると、親族との接見が原則であり、特に必要があると認められる場合は、親族以外の者との接見が許される(四五条二項)。

特に必要があると認められる場合というのは、例えば、受刑者が法律上の用務の処理のため必要と認められる場合や、保護司との接見などのように処遇の効果的な実施のため必要と認められる場合などであると解される。

したがって、受刑者が弁護士に対し民事訴訟等の委任をするような場合は、受刑者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況その他の具体的事情のもとにおいて、当該接見を許すことにより、接見が受刑者に教化上好ましくない影響を与えたり、監獄内の規律秩序の維持上放置することにできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性がある場合を除いて、特に必要がある場合に該当すると解される。

ただし、接見を許すことによって受刑者に教化上好ましくない影響を与えたり、監獄内における規律秩序の維持に放置することにできないような程度の相当の蓋然性が存するかどうか、及びこれを防止するためにどのような程度の制限措置が必要と認められるかについては、監獄内の実情に詳しい監獄の長の具体的状況における裁量的判断を尊重することが相当であるから、特に必要がある場合かどうかの判断は、監獄の長の裁量の範囲に属すると解するのが相当である。

2  そこで、本件で、刑務所長の判断に、裁量の範囲を逸脱する違法があったかどうかを検討する。

一部当事者間に争いのない事実に加え、〈証拠〉、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  昭和五七年六月七日から同月一二日までの間に、新潟刑務所において、四名の受刑者が死亡し、病名は、いずれも急性心不全と診断されたが、新潟刑務所長は、当時風邪患者がいたことから、特別な健康管理体制を敷き、同月一四日から感冒対策として、うがいの励行、作業時間の短縮、就寝時間の繰り上げ等を実施した。

(二)  新潟刑務所長は、右事態に際し、受刑者死亡の事実については、当初収容中の受刑者に知らせなかった。その理由は、刑務所という外部から隔離された環境下にある集団内においては事実が歪曲されて伝えられることがあり、その結果受刑者らに動揺を生じさせ、同刑務所の規律の混乱につながるおそれがあったと判断したためである。ところが、死亡の事実が受刑者間に噂として流れ、同月一四日、同刑務所第三工場では、受刑者の死亡の原因が食事にあると思った一部受刑者が食事を拒否したり、同月一五日、第六工場では、三一名の受刑者が管理部長に面接を願い出る等の事態となった。

(三)  これらの動きに対し、管理部長が全工場を巡回し、感冒対策について説明したり、また、保安課長が管理部長面接出願者に代理面接を行うなどして、対処した。同刑務所では、これらの事態ついて、異常な事態であり、施設の規律の維持上大きな危険をはらんだ緊迫したものと、感じていた。

(四)  このような状況の中で、原告は、兄乙に対し、同月一六日付け信書で、「病名は「心不全」と言われています。これは、不審な死の場合の別名ではなかったですか。」「他にも盲腸が破裂して外の病院に運ばれたまま四〇日以上もたって、まだ戻っていない人もいます。」「このごろの還房の際のあいさつは「おやすみ」から「死なないように」と変化しています。」などと、同月二六日付け信書で、「あまりの煮え切らなさに激高して声をあげても、いつもならすぐ懲罰なのに今回だけは終始ソフトムードでなだめていたと言います。あれだけの人数と一人ずつ会ったというのですからまるめ込みの分断作戦でありました。」などと、同年七月一日付け信書で、「しめつが強化され、このままでは心不全が流行するおそれがある。」「この裏には何かがある。」などと、同月八日付け信書で、「処遇面でのしめつけは強まるばかりで、これに伴って医務も劣悪となり、……」「食事内容もまたひどいときたら心不全が流行するのは当然のことです。」などと、同月一四日付け信書で、「職員の言う事は、たとえ、どんなめちゃくちゃでも従えということであり、大変な頭の構造の持ち主が現場の責任者ともいえるポストについたものです。」などと記載した文書を発信しようとした。

(五)  また、原告は、同月一四日、第六工場において、感冒対策を説明した管理部長に対し、他の受刑者の面前で、「職員も風邪にかかっているのか。」「外部でも風邪がはやっているのか。」「受刑者の症状と職員の症状は同じか。」「最近数人の収容者が死んでいると聞いたが風邪とは関係があるのか。」「死んだ人が出たのは確かか。」「何人死んだのか。」などの質問を執拗に繰り返した。

(六)  読売新聞は、新潟刑務所での受刑者死亡事件について、昭和五九年七月一日付けで、「6日で4人が死亡新潟刑務所「心不全」弁護士ら調査」などと、また同月二日付けで、「新潟刑務所の受刑者連続死 健康管理に問題か 救援連絡センターと県弁護士会実態調査を開始」などと報道した。

原告を含む新潟刑務所の受刑者らは、右新聞等を読んで、受刑者が死亡した事実を、初めて確実に知った。

(七)  原告は、原告の刑事事件の弁護人であった弁護士内藤に対し、昭和五九年七月一八日付け信書で、受刑者死亡事件の原因究明、原告の生命身体の安全確保、新潟刑務所内での受刑者の人権保障の状況について、それぞれ調査を依頼した。

右信書には、七月一日、同月二日の新聞で事件の大体のところを知ったが、当局の発表はうそが多く、これからの受刑生活が不安であり、今回の死亡事件は、劣悪な医務、締めつけの強化からすれば偶然の結果とは思えないこと、三月中旬から腰痛がひどくなり、専門家に見てもらいたいので先生の援助を期待していること、受信した手紙の一部が抹消されたが、不当な処置であるので、撤回させるよう行動を起こしてもらいたいこと、盲腸が破裂して入院した事件があったが、医務の不適切さが原因となっているようであることなどであり、結論として、死亡事件の徹底究明と、原告らの生命の安全及び法で保障された人権の擁護のため、実態調査をお願いする旨記載されていた。

(八)  内藤は、右依頼を受けて、同月二四日付けの書面で、同刑務所に対し、原告の獄中処遇に関する調査、右依頼の件について原告が内藤らに訴訟代理人として委任するか否かの意思確認のため、同刑務所における受刑者処遇の実情調査のため、同年八月一日に弁護士清井、同竹之内らとともに、同刑務所を訪れ原告に接見する旨通知し、併せて原告に対しても、同年七月二七日付けの書面で右接見の予定を連絡した。

(九)  これに対し、新潟刑務所長は、同月二七日付けの書面で、内藤に対し、「個別的に応接するのは適当ではなく貴意にそえかねる」旨の返答をした。

同刑務所長は、監獄法令上受刑者の面会は原則として親族に限られていること、また、弁護士との民事訴訟等の打合せについては、受刑者から訴訟代理人選任依頼の意思表示のあった弁護士に限り許可する取扱いをしているが、原告からはそのような意思表示をしていなかったこと、つまり原告は「調査をお願いします。」とだけ述べていたのであり、訴訟提起の意思表示をしていなかったこと、親族以外の者に接見を願い出る受刑者については、事前に相手方との関係等を申し出て許可を受ける取扱いをしていたが、原告からは本件接見について何らの願い出もなかったこと、原告は施設の処遇について事実に反し、これを歪曲して外部に伝えようとしていること等を考慮して、接見を許可しなかった。

同刑務所長は、右の点について、原告は、収容後も「黒ヘル公判ニュース」「救援」等、対監獄闘争を志向する機関紙等多数閲読しており、いまだ黒ヘルグループ及び対監獄闘争に対し興味を持っていると判断し、原告が新潟刑務所の管理体制に対し反抗的思考を持っていたことが窺われた、という事情も考慮した。

(一〇)  対監獄闘争を標榜する救援連絡センターが、同刑務所における受刑者の連続死亡事件をとりあげ、同刑務所の管理体制を批判していた。

(一一)  内藤、清井、竹之内の三名は、同年八月一日午前九時一〇分ころ、同刑務所を訪れ、原告からの前記のような依頼の趣旨を伝えて、接見を申し入れた。これに対し、同刑務所長は、前記のとおり、監獄法の規定上親族以外の者との接見は認められないなどの理由で、接見を拒否した。

(一二)  また、同刑務所長は、内藤から原告にあてた同年七月二七日付けの書面を原告に交付せず、内藤らが、同刑務所を訪れた事実を原告に知らせなかった。

(一三)  原告は、接見が拒否されたことを知った後、同年九月二一日付けの内藤あての信書で、内藤を代理人として、民事訴訟を提起することを委任した。民事訴訟の内容は、原告が受けている厳正独居処分が違法であること、信書の抹消が違法であること、接見を妨害されたことなどである。

(一四)  内藤、清井の両名は、訴訟準備のため、同年一一月一〇日午前一〇時二〇分ころ、同刑務所を訪れ、原告との接見を申し入れた。

(一五)  これに対し、新潟刑務所長は、原告の同年九月二一日付けの信書の名宛人は内藤だけであること、原告が清井を代理人として委任したとは認められないこと、などを理由に内藤との接見を認めたのみで、清井と原告との接見を拒否した。

(一六)  内藤は、清井を復代理人とする旨申し出たが、新潟刑務所長は、原告と清井との接見を認めなかった。

(一七)  原告は、二度にわたって、接見を拒否されたことにより、精神的苦痛を受けた。

3  ところで、前記のとおり、親族以外の者に接見を許可するか否かは刑務所長の合理的な裁量に委ねられていると解されるが、その裁量が合理的なものか否かは、接見を認めることによる弊害と受刑者の接見できない不利益とを比較衡量して判断すべきである。弁護士に対し民事訴訟提起を委任するための接見は、裁判を受ける権利の実質的な保障のため、前記のとおり、原則として許可すべきであるが、民事訴訟を提起するか否かは弁護士と接見し相談のうえ決定するのが一般的であるから、仮に民事訴訟を提起することが具体的に確定していなくても、訴訟委任をする可能性の大きい事項について、訴訟委任をするか否かも含めて相談するため弁護士と接見をすることは、訴訟委任をした場合に準じて、特にこれを認めると受刑者の処遇に何らかの支障をきたすおそれがあり、あるいは刑務所内の秩序を害するおそれがあるなど特段の事情がない限り、原則として認めるべきであり、何ら特段の事情がないのに接見を拒否することは、裁量権の範囲を逸脱し違法となると解すべきである。

本件についてみると、第一事件当時、原告は、弁護士に対し、昭和五九年七月一八日付け信書により、本件死亡事件について調査を依頼したことは認められるが、民事訴訟を提起する旨を明示していたとまでは認められない。

しかしながら、前記認定のとおり、原告は、内藤に対し、原告らの生命の安全及び法で保障された人権の擁護のため実態調査を求めるとともに、併せて受信した手紙を一部抹消した処分を撤回させるよう依頼しており、内藤らは右依頼を受けて、原告らの獄中処遇の調査とともに、訴訟委任をするか否かの確認をするため、予めその目的を明示して、接見に赴く旨を新潟刑務所に通知し、実際に同刑務所を訪れているのであり、これに対し、同刑務所は、内藤の右の通知を原告に知らせず、かつ、内藤に対して訴訟委任をする意思があるか否かを原告に確認することもせず、前記七月一八日付け信書には訴訟委任の意思が明示されていないことを理由に、原告と内藤との接見を拒否したものと認められ、他に接見を拒否したことについて合理的な理由は、これを認めるに足りる証拠がない。

この点に関し付言すると、原告の依頼の主眼は、新潟刑務所の管理体制の調査にあり、原告と外部の者とを接見させれば、原告の情報により外部の者が調査を始め、虚偽の事実が外部に伝わり、刑務所の管理に支障をきたすおそれがなかったわけではないが、前記のとおり、受刑者が連続して死亡することは異常なことであり、疑念を抱かれてもやむを得ない状況にあったのであり、このような具体的な状況をも併せて考えると、まだ調査に着手していない段階で、虚偽の事実が外部に伝わるおそれがあることを、接見拒否の合理的理由とすることはできない。

以上の諸事情を総合すると、同刑務所長の接見拒否処分は、裁量の範囲を逸脱した違法なものであると解される。

4  次に、新潟刑務所長が、昭和五九年一一月一〇日、原告と清井との接見を拒否したことについては、前同様、原告から清井に対して訴訟委任する旨の明確な意思表示がなかったとしても、すでに内藤に対しては訴訟委任しており、清井は内藤に同行したことなどの当時の具体的事情を考慮すると、裁判を受ける権利の実質的な保障をするため、接見を認めるべきであると解すべきであり、清井に対しても接見を認めた場合刑務所の秩序規律などを害するような事情がないにもかかわらず、清井に対しては訴訟委任がないという形式的な理由だけで接見を認めなかった処分には、合理的な理由がないといわざるを得ず、したがって、同刑務所長が接見を拒否した処分は、裁量権の範囲を逸脱し、違法である。

すなわち、形式的には内藤だけに民事訴訟が委任されていたが、一般的に、弁護士は一人が受任しても数人で受任することはよくあることであること、依頼者も依頼した弁護士以外には委任しないという特別な事情がない限り、同じ事務所あるいは同じグループの数名の弁護士に依頼する意思も持っているのが普通であること、訴訟委任事項には通常復代理人選任の件が含まれていること、原告は清井も引き受けたいといってきた場合それを拒否したであろうとは考えられないこと、新潟刑務所は原告の意思を確認していないこと、事実を正確に把握するためには複数の者で内容を確認しておく必要がある場合もあること、本件では二名の弁護士が接見にきたのであるが、それによって、刑務所の規律秩序を害したり教化の目的に反するというような事情が認められないこと。内藤は、清井を復代理人に選任する旨表明していたこと等の具体的事情を考慮すると、原告と清井との接見を認めるのが相当であり、それにもかかわらず、訴訟委任がされていないという形式的な理由だけで接見を拒否したことは、合理的な裁量の範囲を逸脱した違法な処分というべきである。

原告は、同刑務所長の二度にわたる違法な接見拒否処分によって、弁護士との接見の機会を奪われ、精神的苦痛を受けたことが認められる。右精神的苦痛を慰謝するには、金二〇万円とするのが相当である。この点について、被告は、原告には損害がない旨主張するが、受刑者が連続して四名も死亡するという異常な状況の中で、弁護士との接見が拒否されたこと、最初の接見拒否から二度目の接見拒否まで数か月間あったことなど、本件での具体的事情を考慮すると、原告は、精神的苦痛を受けたことが認められ、したがって被告の主張は理由がない。

四(厳正独居拘禁処分について)

1  監獄法は、被収容者を独居拘禁に付すことができると定め(一五条)、同法施行規則は、独居拘禁に付す場合について具体的に規定しているが、他方、行刑累進処遇令は、第四級及び第三級の受刑者は原則として雑居拘禁に付することとされており(二九条)、同令の適用を受ける受刑者については雑居拘禁が原則であり、また、第二級以上の受刑者については、夜間独居が原則とされている(三〇条)。昼夜間独居拘禁は、本来社会的存在である人間としての生活のあり方とかけ離れた不自然な生活を強いるものであり、その継続は、そのこと自体過酷であって、受刑者の心身に有害な影響をもたらすだけでなく、前記のように行刑の目的の一つである社会生活の復帰を阻害するおそれがある。したがって、法一五条は、独居拘禁を原則としているようにみえるが、法令を統一的に解釈し、また、独居拘禁の受刑者に与える影響を考慮すると、受刑者をどのような形態で、どのような場所に収容するかについては、昼間雑居、夜間独居を望ましい形態と予定していると解することができる。

しかし、他方、独居拘禁に付するかどうかは、例えば、戒護上隔離の必要な者(規則四七条)という法令の文言からも明らかなように、行刑の専門的、技術的事項に属し、もっとも事情に精通している刑務所長の裁量に委ねられていると解される。そして、前記のような独居拘禁の不利益的な性質に鑑みると、その裁量的判断が、合理的な根拠を欠くものであり、著しく妥当性を欠く場合には、その措置は、裁量権の範囲の逸脱または濫用として、違法になるものと解される。

2  本件について検討すると、次の事実が認められる。

一部当事者間に争いがない事実に加え、〈証拠〉、弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一)  新潟刑務所長は、昭和五九年八月二〇日、原告を昼夜間独居拘禁に付し、原告は、同日より舎房を新潟刑務所の南舎に移された。

右拘禁に付する理由について、右所長は、原告に対し、通告しなかった。そのため、原告は、拘禁に付された理由を知ろうとして、同年九月五日、同刑務所保安課長あてに面接願箋を出した。その結果、原告は、同年一〇月二三日、右課長と面接したが、右課長は、「分類審査会の決定であり、理由は回答の限りでない。」と答えた。また、その後右拘禁は、更新されたが、いずれの更新の際も、更新の告知はなかった。

(二)  厳正独居拘禁の処遇内容は、概ね、工場に出役させず、独居房内で正座もしくは安座姿勢を維持させながら、袋張りなどの雑作業に従事させ、作業時間内は、同一姿勢をとることを命じられ、昼夜とも他の受刑者とは隔離され、交流会話等は一切禁止され、所内でのレクレーション行事にも参加できず、戸外運動、入浴、診療、理髪なども分離されて別の場所、態様で実施されるというものである。

(三)  新潟刑務所保安課第一区処遇係長が、同年八月一五日、原告と面接したが、原告は、外部への各種申立てについて「自分の手段として今後もやっていきます。」とか、「職員の中に収容者の人権を無視していると感じるときがある。」などと述べていた。

(四)  新潟刑務所長は、原告が同刑務所に対する批判、中傷をし、それを継続する姿勢がみられ、原告を集団処遇に戻せば、他の受刑者に悪影響が及ぶと判断し、原告を昼夜独居拘禁処分にした。

(五)  第一回更新(昭和六〇年三月三日)に先立ち、原告は、昭和五九年九月三日付け信書で、「ここ新潟刑は、形容し難い刑務所であることを喚起していただきたい。その上許せないことは、私の口を封じ屈服させようと保護司を使った。」、「奴らのいやしく貧しい頭の中では、こういう場合、家族に手を回しえさをぶら下げたら万事丸くおさまるという観念ができ上がっているらしい。」などと、また同年一〇月二一日付け信書で、「あまりに不当な仕打を続けていると、たとえ退職したところで……と一応警告しておきましょう。」などと記載した。

また、第二回更新(昭和六〇年六月三日)に先立ち、原告は、昭和六〇年五月二二日付け信書で、「懲罰房にぶちこんだあほな看守ども」などと、同年六月一日付け信書で、「保安課長はまだがんばっています。「心不全」事件にあたふたしたただ一人の生き残りですが平気ででまかせを部下に指導するなどかなりの男ですよ。」などと記載した。

また、第三回更新(昭和六〇年九月三日)に先立ち、同年七月二〇日付け信書で、「上から管理主義で締められた看守個人の判断などアナーキーだ。」などと、同年八月一八日付け信書で、「(食事について)切り詰めて浮かせた分は何に使ったのでしょうね。」、「いかにまずしくこしらえるかという腕前では、決して他の追随を許すことはないと断言しておきます。」、「残りの受刑生活の過ごし方の方針を若干変更し、……当局との対決の方を選んだ。これで悔いのない受刑生活が送れそうであります。」などと記載した。

また、第四回更新(昭和六〇年一二月三日)に先立ち、原告は、同年九月一五日付け信書で、「これだけ締め付けたら看守らの負担も大きく、ひいてはそれが末端では懲役に当たるというふうに事態はますます末期的になってゆくのですが、それを分からせようとしても制服連中の頭には無理でしょうね。」などと、同年一一月三〇日付け信書では「空気頭の考えそうなことだ。」などと記載した。

また、第五回更新(昭和六一年三月三日)に先立ち、六〇年一二月一四日付け信書で、「こうゆう陰険なことをやるのが一人いるのですよ。それが誰なのかをここで名指ししてもいいですが、その当人はこういう陰険処遇が世に広まるのを嫌がっているので「保安課」とだけ言っておきましょう。賠償金がまたはねあがりました。」などと、昭和六一年二月二日付け文書で、「忠犬幹部の集りが額寄せて成績上げようとすればとんでもないことを考え付かねばおぼつかないようで……。」などと、同年三月一日付け信書で、「懲役君が礼をすると看守君は挙手をするのですね。軍隊ごっこをやっております。」などと記載した。

(六)  このように、原告は、対監獄闘争に興味を持ち、新潟刑務所の職員に対し不信感を持っていたし、同刑務所に対して反抗的な態度を示していた。そのような原告を、雑居拘禁のまま処遇し、他の受刑者との接触が比較的可能な状態におけば、原告の同刑務所の管理体制に対する反抗的態度が他の受刑者に伝播することが予想された。

3  以上の事実に前記認定事実を総合すると、新潟刑務所長が原告を厳正独居拘禁処分に付した背景には、本件死亡事件以来、原告が同刑務所に対し反抗的な言動を示し、それが他の受刑者に悪影響を及ぼすおそれがあったことが認められ、しかも、右認定のような同刑務所及びその職員に対する非難、中傷と受け取れる言動を繰り返し、かつ「黒ヘルニュース」などに公表されることを予測しながら外部に発信していたもので、確かに、厳正独居拘禁処分は、合理的な必要性がない限り避けるべきであるが、他方、刑務所全体の秩序を維持する責任のある刑務所長としては、雑居処遇とした場合の影響も考慮しなければならず、本件において処分を更新しなければ、他の受刑者の教化の妨げになると判断したこと自体に、裁量の範囲を逸脱した違法があるとまでは認めることはできない。

また、更新の告知及び理由の告知について検討すると、厳正独居拘禁処分は夜間とは異なり拘束の強い例外的な処遇であること、更新の告知及び理由の告知により、受刑者は処分の当否について弁解する機会を持つことができるとともに、併せて雑居拘禁に戻るためにはどのような点を反省すべきかを考える機会が与えられることを考慮すると、告知を義務付ける規定はないものの、原則として告知して、弁解あるいは反省の機会を与えるのが相当であるが、現行法は厳正独居拘禁処分を特に例外的なものとは規定しておらず、したがって、更新の告知及び理由の告知を義務付ける規定もおいていないのであって、本件の場合、原告の反抗的言動が継続反復されたことが本件処分の理由となっていること、原告は処分が三か月ごとに更新されていることを推測できる状況にあったことなども併せ考えると、告知がないという手続的な理由から、直ちに、厳正独居拘禁処分を継続したことが裁量の範囲を逸脱した違法なものであるとまではいえない。

五(懲罰処分について)

1  本件第一懲罰処分の内容、理由については、当事者間に争いがなく、原告が懲罰の理由となった定規を入手し、右事実が発覚するに至った経緯については、〈証拠〉によると次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五八年七月ころから、同年一一月に実施される日本商工会議所簿記試験にそなえ簿記の学習をはじめ、同年七月には鉛筆、筆入れを購入し、同年八月には、電卓購入許可を受けた。

ところで、房内における所持品については、昭和五九年四月から所持品カードに記載することが義務付けられた。ところが、昭和五九年八月二〇日、原告を転房させる際、所持品を検査したところ、物品カードに記載されていない長さ三〇センチメートルのプラスチック製定規一点が発見された。

新潟刑務所長は、遵守事項を定め、第一三項は、「前記七(「他人の身体、又は財産に危険を及ぼすおそれのある物を作成し、持ち込み、又は隠匿してはならない」との規定)に定める物以外の物であっても、許可なく製作し、加工し、所持し、又は使用することを企ててはならない」と、第一五項は、「他人の物を窃取し若しくは壊し、若しくは許可なく他人の物をもらい、若しくは借り又は許可なく自己の物を破壊し、若しくは他人に与えてはならない。」と規定している。

そこで、同刑務所長は、原告に対し、原告が本件定規一本を所持していたことを理由として、同年八月二四日、軽屏禁一〇日の懲罰に処することを決定し、同日これを言い渡してその執行を開始し、同年九月二日までの一〇日間執行した。

(二)  同刑務所長は、本件定規の入手経路について、詳細に取り調べたところ、原告は、「昭和五九年七月か八月ころ第六工場で雑役をしていた受刑者から入手した。」と供述した。新潟刑務所長は、右供述が事実かどうかを調査したが、その真否は明らかでなかった。

(三)  本件定規には、担当職員の許可印が押印されていた。

(四)  原告が受けた処分の内容は、私物は房の外に出し、信書、書籍の閲覧は禁止され、就業は許されず、運動、入浴も禁止されるというものであった。

2  本件第二懲罰処分の内容、理由については、当事者間に争いがなく、原告が懲罰の理由となった便箋裏表紙をメモとして利用するに至った経緯については、〈証拠〉によると次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五九年一〇月初旬と同年一一月中旬の二回、便箋を購入し、便箋を全部使用し終わった後、本件裏表紙だけを手元に残し、それを日常の担当職員に対する申込事項についてのメモ用紙として使用していた。

(二)  昭和六〇年四月一日に行われた舎房捜検の際も、メモ書きのされた便箋の裏表紙二枚を所持していた。

ところで、新潟刑務所長は、前同様遵守事項を定め、第一四項は、「使用を許可されている設備又は物品を許可なく本来の目的と異なる用途に用いてはならない」と規定している。

そこで、同刑務所長は、便箋の裏表紙は、便箋を保護するためのものであり、メモは雑記帳にするべきで、本件裏表紙にメモをすることは、便箋を保護するという裏表紙の本来の目的と異なる用途に用いたのだから、目的外使用に該当するとし、同年四月九日、原告を叱責の懲罰に処することを決定して、同日原告に言い渡し、その執行をした。

(三)  原告は、雑記帳を使いきってしまったため、便箋の裏表紙をメモ書きに使用していた。

3  遵守事項違反を懲罰対象とした違法について

原告は、監獄法は懲罰の要件について具体的な定めをしておらず、既に自由を拘束されている被収容者に対して拘束をさらに強める遵守事項違反を理由として懲罰を科することは、憲法三一条の適正手続の保障に反して、違憲、違法であり、したがって、遵守事項違反を理由として懲罰に付したことは違憲であると主張する。

しかし、懲罰は、行政上の秩序を維持するために、秩序違反行為に対して科せられる制裁であり、刑罰として自由が拘束されるのとは性質が異なる。ただ、懲罰が秩序罰であるとしても、憲法三一条の規定は尊重されるべきであり、違反行為の内容と懲罰の内容は予め明示されるのが相当であるが、監獄法は、懲罰の内容については、その程度を含めて懲罰を規定している(六〇条)ものの、違反行為の内容については、「在監者規律ニ違ヒタルトキハ懲罰ニ処ス」と規定するだけで、何ら具体的に定めていない。そうすると、在監者はどのような行為が懲罰事由に該当するのか分からず、前記のとおり、適正手続の保障の観点からは相当でないとも考えられるが、同法が規律の内容を具体的に定めなかったのは、どのような行為を懲罰の対象とすべきかは、監獄の具体的な状況によって異なるから、一律に規定するのは妥当でなく、規律の内容は、それぞれの監獄の長の定める遵守事項に委ねる趣旨であると解される。これを受けて、新潟刑務所では、一般的な入所者の心得の他、懲罰の対象となる規律違反行為を詳細に規定しており、その内容は、監獄法施行規則により、必ず刑務所長から入所者に告知することになっている(同規則一九条一項)。以上のような運用の実情を考慮すると、監獄法自体に規律違反行為が定められていないからといって、直ちに適正手続を定めた憲法三一条に違反するということはできない。

4  本件遵守事項の違法について

原告は、本件第一懲罰処分について、本件遵守事項一三項(他人に危害を及ぼすおそれのない物品の許可のない製作、加工、所持、使用等の禁止)、一五項(許可なく他人の物をもらい、借り、自己の物を破壊し、他人に与えることの禁止)は合理的な理由がなく、監獄法改正に関する法制審部会決議にある遵守事項のいずれにも該当しないものであり、懲罰の目的を逸脱した違法な定めであるから、右各遵守事項に基づく本件懲罰は違法であると主張する。また、本件第二懲罰処分について、本件遵守事項一四項(許可された物品について許可なくして本来の用法に反する使用をすることの禁止)は合理的な理由がなく、法制審要綱に同様の規定はないし、また、監獄法改正に関する法制審部会決議にある遵守事項のいずれにも該当しないものであり、懲罰の目的を逸脱した違法な定めであるから、右各遵守事項に基づく本件懲罰は違法であると主張する。

確かに、本件各遵守事項は、物品の製作、所持、目的外の使用、受刑者間のやりとりに関する事項であり、単なる心得にとどめることでも足りると解せなくもないが、新潟刑務所では、被収容者の約四割が暴力団関係者であり、昭和五九年以降、約七〇〇人以上収容されている状況の中で、毎年七〇〇件以上の懲罰件数があり(〈証拠〉)、このような同刑務所にあっては、刑務所内の物品を全般的に管理しておく必要があり、また、一切を禁止するというわけではなく、許可さえ受けるとよいのであるから、右行為を懲罰の対象としたこと自体が違法であるとまではいえない。

5  第一懲罰処分の構成要件不該当について

次に、原告は、本件第一懲罰処分について、原告が定規を所持することに対しては、新潟刑務所長の許可があったのであるから不正所持に当たらず、遵守事項第一三項の「許可」を物品カードに記載してなす許可に限定して解釈することは合理性がなく違法であり、現に原告は、本件定規以外にも、砂消しゴム、眼鏡、眼鏡拭き、眼鏡ケースについての申告を忘れ、これらの物については、それぞれ物品カードに追加記載してもらっており、これらの物について懲罰を受けていないなどと主張する。

遵守事項第一三項の「許可」の解釈について被告が本件訴訟でどのように主張したかについては争いがあるが、それはともかくとして、遵守事項第一三条の解釈としては、原告が刑務所長の許可していない物を所持していた場合に不正所持になると解するのが相当である。本件では、原告は、原告が本件定規を所持することについて許可があったと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。確かに、本件定規に担当職員の許可印が押されていた事実は認められるが、この事実だけでは、原告に対し本件定規を所持することについて許可があったことを推認することはできない。したがって、原告の主張は理由がない。

また、原告は、原告が所持していた本件定規は副担当職員の許可印が押捺された所持許可証が貼付されていたのであるから、原告は許可のない事実を知らず、原告には遵守事項第一三項違反の故意がなかったと主張する。しかしながら、前記のとおり、原告は、「昭和五九年七月か八月ころ第六工場で雑役をしていた受刑者から入手した。」と供述していたこと、また、〈証拠〉によると、新潟刑務所では他の受刑者から自由に物品を入手することが認められていたわけではなく、制限されていることなどからすると、原告は、原告に対する許可がないのに本件定規を所持していたことを認識していたと推認できるから、原告に故意がなかったとはいえない。したがって、この点についての、原告の主張も理由がない。

6  第二懲罰処分の構成要件不該当について

原告は、本件第二懲罰処分について、本件のような便箋の裏表紙の利用について、目的外使用の構成要件に該当しないと主張する。しかしながら、〈証拠〉によると、新潟刑務所では、雑記帳と便箋について用途を区別して使用するように指導していたこと、そのように区別させる理由は、受刑者を扱う刑務所では、何が起こるかわからず、予想できない危険を生じるおそれがあるから物品の管理が必要であることが認められる。そうすると、便箋の裏表紙の使用が目的外使用という構成要件に該当しないとまでいうことはできない。

7  懲罰権濫用による違法について

原告は、本件第一懲罰処分については、原告の違反の程度は軽微であり、それまで原告は優良受刑者であったことを考えると、軽屏禁一〇日間という重い処分は、原告が新潟刑務所の医療体制に不安を感じ、弁護士に調査を依頼したことに対する報復として、原告が弁護士との接触を断念するためにされたものであり、また、本件第二懲罰処分も同様の理由で、または嫌がらせとしてされたものであり、いずれも懲罰権を濫用しているから違法であると主張する。

しかし、本件各懲罰処分に至った経緯を検討すると、原告が弁護士に調査を依頼したことに対する報復として、懲罰を科する必要のない事案に、ことさらに懲罰処分をしたことを認めるに足りる証拠はない。本件第一懲罰処分については、副担当職員の許可印の押印された定規を所持していたにとどまり、本件第二懲罰処分については、便箋の裏表紙をメモに使用したにとどまるのであり、いずれも違反の程度は比較的軽微であることが認められ、事後的には、前者については軽屏禁一〇日間よりも軽い処分を、後者については懲罰を科さないということも考えられなくもない。しかし、これらの懲罰は、行刑施設である刑務所の秩序を維持するという目的、規律違反の態様、程度などを、行刑の専門技術的観点から検討を加えたうえ、刑務所長によって科せられるべきであるから、具体的にどのような遵守事項違反に対し、どのような懲罰を科するかは、刑務所長の裁量に委ねられていると解され、その裁量的判断が、合理的根拠を欠くものであり、著しく妥当性を欠く場合には、刑務所長の処分は、裁量権の範囲の逸脱または濫用として違法となるのであり、本件各懲罰処分に至った経緯を検討すると、いずれの処分についても、裁量権の範囲逸脱または濫用として違法であるとまでは認められない。

六(裸体検身について)

1  監獄法一四条、同法施行規則四六条、行刑累進処遇令三四条、受刑生活の手引第二の二の七の一などによれば、受刑者の身体検査は、新たに入監する場合、工場または監外から還房する場合、在監中の者につき必要と認められる場合などに実施することが規定されているが、身体検査の具体的方法は定められておらず、いつどのような方法で身体検査を実施するかは、監獄の管理運営と密接に関連するから、行刑の専門的技術的な事項と解され、したがって、身体検査の時期及び方法については、刑務所長の裁量に属するものということができ、その裁量的判断が、合理的な根拠を欠くものであり、著しく妥当性を欠く場合には、その措置は、裁量権の範囲の逸脱または濫用として、違法になるものと解される。

2  これを本件について検討すると、一部当事者間に争いのない事実に加え、〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

(一)  前記のとおり、原告は、昭和六〇年四月一日の舎房捜検で、舎房内からメモをした便箋の裏表紙二枚が発見されたことを理由として懲罰事犯(物品の不正使用)の嫌疑を受け、同日午後、取調べのため、取調室に連行された。この取調べに際し、原告は、裸体検身をされた。

(二)  新潟刑務所においては、被収容者に対する反則事犯の取調べの言渡しは、同刑務所保安課事務室内の取調室で行っているが、この際、不正物品の所持を防ぐため、監獄法一四条の規定に基づき、衣類の着替えをさせるとともに、必要な範囲での裸体検身を実施しており、原告に対しても同様に実施したものである。不正物品の所持を防止する理由は、他の被収容者や職員への暴行傷害等の事故の防止を図ることにあり、そのため、方法もその目的に必要な限度に限っている。

(三)  実施された裸体検身の方法は、脱衣させ、衣類を取調独居拘禁用のものに着替えさせる際に、裸体の状態で、両手を上にあげ、手のひらの裏表を見せ、口を開き、耳の穴と毛髪を見せ、陰部を見せ、次いで半回転して両足を広げ、前にかがんで肛門を見せ、足の裏を見せるという内容である。

(四)  どのような場合に裸体検身をするかは、必ずしも明確に決まっているわけでないが、遵守事項違反で取調べをした場合にも行われることはあり、また、本件のような検身方法は、特殊なものではない。

3  ところで、一般に刑務所内においては、物品の不正所持、隠匿、自傷等の事故防止のため、物品の管理を厳重にし、特に危険な物品が舎房内に持ち込まれないように万全を期する必要があり、また、自傷の発見の必要から、裸体検身が行われてきいてるのであるが、しかし、受刑者の人権もできるかぎり尊重されるべきであり、裸体検身を実施するに当たっては、受刑者の名誉感情や羞恥心を害することがないよう配慮すべきであり、不必要に名誉感情や羞恥心を害するような態様で実施された場合には、裁量権の範囲の逸脱または濫用として違法となると解すべきである。

以上の事実によれば、本件裸体検身は、原告が物品不正の所持に関し取調べを受けた際実施されたもので、他に不正な物品の所持等がないか調べる必要性があったこと、実施された場所は、小部屋で、外部から見えないところで三人の立合いのもとに実施されたこと、裸体検身の方法は、規律違反の取調べの際一般的に行われている方法と基本的に異なるところはなかったこと、実施された際担当の看守から原告の羞恥心を強めるような言動はなかったことなどが認められ、裸体にしなければ検身の目的を達しえなかったかは別として、少なくとも、本件裸体検身を実施したことが裁量権の範囲の逸脱または濫用として違法であるとまではいうことはできない。

七(新聞等の一部抹消及び信書の検閲について)

1  はじめに、受刑者の法律関係について検討する。

犯罪を犯した者に対しては、刑罰が科せられ、このうち、自由刑である懲役の刑に処せられた者を監獄に拘置する。つまり、監獄は、受刑者に対し、自由刑を執行する施設である。このように、監獄は、自由刑の執行を主要な任務とする施設であるが、それだけではなく、受刑者の犯罪性を除去または減少させ、受刑者の更生、正常な社会生活への復帰を可能にすることをも、目的としている。

したがって、施設に拘禁して自由を剥奪するという自由刑の結果として、また、受刑者の教化改善を図り、その社会への適応性を回復させるという目的のため、さらには、多数の受刑者の集団生活の管理のため、内部における規律秩序を維持するというためには、受刑者の権利自由は、必要と認められる範囲で制限される。そして、受刑者の権利自由に対する制限が、必要なものであるかどうかは、前記の目的のために制限が必要とされる程度と、制限される権利自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を比較考量して決められる(最高裁昭和四〇年オ第一四二五号同四五年九月一六日大法廷判決・民集二四巻一〇号一四一〇頁、最高裁昭和五二年オ第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁参照)。

未決拘禁者と受刑者の法律上の地位を比較すると、未決拘禁者、すなわち、勾留された被疑者及び被告人は行刑施設に収容されるが、これは主に逃亡及び罪証湮滅を防止する目的で行われるが、同時に、訴訟法上の当事者としての地位をも有しているから、攻撃防御の主体としての地位を十分保障する必要がある。これに対し、受刑者は、国家の刑罰権の行使として拘禁され、懲役受刑者の場合は定役を科することにより、犯罪に対する責任を全うさせ社会的正義を実現し、また、受刑者を社会から隔離して一般社会を防衛するとともに、受刑者の教化改善を図って、社会への適応性を回復させることをも目的として拘禁される。したがって、隔離、作業、教化改善の内容及び方法並びにこれらの目的を実現するため及び集団生活の管理のために必要不可欠な限度において、受刑者の人権も、制限されることになるのである。

このように、未決拘禁者と受刑者の場合とでは、拘禁目的の達成及び行刑施設の規律維持の、各必要性が異なることは明らかである。したがって、受刑者の権利自由が制限される場合、制限の程度も異なるのであり、監獄法及び同法施行規則も、受刑者と未決拘禁者とでは、異なる扱いをしている。

そして、受刑者の場合、前記のとおり、受刑者の権利自由の制限も受刑者の拘禁目的を達するために必要と認められる限度にとどめられるべきであるが、右の制限が許されるためには、自由を剥奪するという拘禁目的に反し、刑務所の規律秩序が害され、教化を妨げるような一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、受刑者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、その他の具体的事情のもとにおいて、自由を剥奪するという拘禁目的に反したり、監獄内の規律秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生じたり、受刑者の教化を妨げる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合においても、右の制限の程度は、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるものと解すべきである(前掲最判参照)。

ところで、具体的場合における前記法令等の適用にあたり、新聞、図書等の閲読を許すこと、または信書を発受することなどによって、自由を剥奪するという拘禁目的に反し、監獄内における規律秩序の維持に放置することができない程度の障害が生じ、受刑者の教化を妨げる相当の蓋然性があるかどうか、これを防止するためにどのような内容、程度の制限措置が必要と認められるかについては、監獄内の実情を把握し、直接その管理にあたる監獄の長による個々の場合の具体的状況のもとにおける裁量的判断にまつべき点が少なくないから、障害発生の相当の蓋然性があるとした長の認定に合理的な根拠があり、その防止のために当該措置が必要であるとした判断に合理性が認められる限り、長の右措置は適法なものと解するのが相当である(前掲最判参照)。

2  これを本件についてみると、以下のうち、抹消の部分については当事者間に争いがなく、抹消部分の要旨については弁論の全趣旨により次の事実が認められる。

(一)  新潟刑務所長は、原告が昭和五九年七月二日付け読売新聞(朝刊・新潟版)を閲覧するに際し、同紙新潟地方面Bの「新潟刑務所の受刑者連続死・健康管理に問題か」と題する記事の、本分二段目の九行目から三段目の二行目までの「しかし、「救援連絡センター」では実体調査に踏み切った。同センターに所属する」の部分を抹消した。

抹消部分の要旨は、救援連絡センターが、異常な事態として、県弁護士会と連絡をとり、調査に乗り出した、というもである。

(二)  新潟刑務所長は、原告が一九八四年七月一〇日発行の「救援」第一八三号を閲覧するに際し、同紙六ページに掲載された「緊急レポート新潟刑務所で受刑者が数人死んでいる」との大見出しの記事の中、一段目の小見出し「初の感冒対策で事実を覆い隠す」のうち「事実を覆い隠す」との部分、本文七段目二三行目最初から八段目全部の部分を抹消した。

抹消部分の要旨は、見出しの「事実を覆い隠す」と下段の監獄当局は事実を隠し、風邪が原因であるかのような過剰な措置に出ているとし、責任の所在を追求する、というものである。

(三)  新潟刑務所長は、原告が一九八四年八月一〇日発行の「救援」第一八四号を閲覧するに際し、同紙七ページに掲載された「新潟刑務所集団獄死-緊急レポート(その二)-面会妨害-調査拒否を許すな」との部分、本分記事のうち二段目二二行目始めから五段目一〇行目最後までの部分、同記事のうち「新潟刑の状況を伝える甲氏の手紙(抜すい)」との小見出し記事中、一段目一行目から三行目最後までの部分、同一二行目から一三行目にかけての「〔以下三行ぬりつぶし〕」との部分、二段目九行目から一〇行目にかけての「〔以下五行ぬりつぶし〕」との部分、三段目二〇行目以下全部を抹消した。

抹消部分の要旨は、新潟刑務所が面会を妨害し、調査を拒否した旨の見出し、原告の手紙によって、弁護人が刑務所に照会し、原告に面会を求めたが、不許可になった、原告からの手紙に、抹消、塗りつぶしがある、というものである。

(四)  新潟刑務所長は、原告が一九八四年九月一〇日発行の「救援」第一八五号を閲覧するに際し、同紙七ページに掲載された「新潟刑務所集団獄死事件レポートその3新潟弁護士会人権擁護委による調査拒否」との大見出しの記事の見出し、本文全部を抹消した。

抹消部分の要旨は、新潟刑務所が原告と弁護士との面会を拒否し、原告の手紙を塗りつぶして遅延させ、真相究明に強権的に出ている、獄死者の遺族にも事実を隠している、新潟弁護士会人権擁護委員会による調査も拒否した、同刑務所は自浄力を失っており、原告に内容証明文書で人権救済を問い合せることなどを右委員会は決めている、救援連絡センターでは、体験者からの報告を求めている、というものである。

(五)  新潟刑務所長は、原告が原告の兄乙からの原告あての昭和五九年七月一九日付け信書に同封されていた竹本信弘から乙あての信書のコピーを閲覧するに際し、同コピー五枚目の上段一行目三一字目から八行目一〇字目までの部分を抹消した。

抹消部分の要旨は、原告の手紙が救援に掲載されたことに感心し、当局に理解者がいるかもしれないと推測し、はねかえしていけるという見通しがある、というものである。

(六)  新潟刑務所長は、原告が原告の兄乙からの昭和五九年七月八日付け信書を受信するに際し、三枚目の八行目から一〇行目の「舟木友比古弁護士は……」の前までの部分を抹消した。

抹消部分は、読売新聞の記事の一部を引用した部分である。

(七)  新潟刑務所長は、原告が原告の兄乙からの昭和五九年九月一〇日付け信書を受信するに際し、一枚目の六行目始めから同行の「からね。……」の前までの部分を抹消した。

抹消部分の要旨は、面会できる、というものである。

(八)  新潟刑務所長は、原告が原告の兄乙に対し昭和六〇年四月二〇日付け信書を発信するに際し、三枚目の一一行目始めから一四行目最後までの部分を抹消した。

抹消部分の要旨は、理不尽な処遇に怒って暴れた人がいて、雑居の者もこれを応援した、というものである。

なお、右信書について、右抹消部分以外の部分が抹消された事実を認めるに足りる証拠はない。

(九)  新潟刑務所長は、原告が原告の兄乙に対し昭和六〇年五月五日付け信書を発信するに際し、一枚目の一〇行目一七字から二枚目二行目の「それが自分とは関係ない……」の前までの部分、二枚目九行目始めから一五行目の「あるいは」の前までの部分を抹消した。

抹消部分の要旨は、前記(8)について抹消しろといわれた。また、懲罰者が増えたことは原告と関係ないといわれたが、しかし懲罰者が増えたことは自分と関係なくはないし、外の物音は舎房内の方がよく聞こえるのにと説明しても聞いてくれなかった、というものである。

また、〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

(一〇)  新潟刑務所が、右のような一連の抹消をした理由は、原告が、受刑者の死亡事件をきっかけに、刑務所に対し反抗的な態度を示すようになり、そのため、反権力闘争を鼓舞する内容の部分は、これは読ませれば、ますます闘争心を沸き立たせ、ひいては、刑務所の規律秩序を害する恐れがあるので、閲読を不適当とした。また、発信については、虚偽の事実を外部に伝えようとしたから、抹消した。

3  そこで、各抹消処分について、新潟刑務所長に裁量権の範囲の逸脱または濫用の違法があるかを検討する。

まず、(一)については、〈証拠〉によると、見出しに救援連絡センターが異常な事態として県弁護士会と連絡をとり、調査に乗り出したと記載されており、本文の抹消部分と概ね同旨の内容が記載されているのであって、木津証人の証言は必ずしも合理的な理由であるとはいえないが、抹消による不利益も結果的には見い出せないのであり、抹消の方法に不十分さがあるものの、抹消処分に裁量権の範囲の逸脱または濫用があったとはいえない。

次に、(二)については、原告の手紙を主たる情報源として外部の者が行った価値判断と問題提起をした部分であり、原告の手紙にことさらに事実を加えるものではないようであるが、新潟刑務所長としては、刑務所内の情報をすべて受刑者に伝達する義務を有するわけではなく、刑務所内の秩序を維持するために必要な限度で情報を知らせるにとどまるのであり、本件死亡事件の詳細を知らせないことが、そのまま事実を覆い隠すことを意味するものではないことから、真実を覆い隠すとの価値判断で、外部の者から真相を究明する運動を起こそうという動きに内部の者が呼応しないようにする必要があったものと認められ、その内容は、刑務所に責任があるのを隠しているとの価値判断にたっており、受刑者らがこれを見れば、原告の提供した情報以上のことが刑務所外では分かっており、それによれば刑務所に責任があることが分かっているのに隠しているかのように受け取られる表現であり、誤解をまねくおそれがあったものということができ、したがってこれを削除したことには一応の合理性を認めることができ、抹消処分に裁量権の範囲の逸脱または濫用があったとはいえない。

(三)については、いずれも虚偽の事実ではないものの、反権力闘争を鼓舞する内容であり、これを読むことによって、いっそう闘争心を沸き立たせるおそれが認められ、原告の闘争心の高揚を抑制するために右抹消は必要であったものと認められるから、抹消処分に裁量権の範囲の逸脱または濫用があったとはいえない。

(四)については、原告に対する刑務所の措置を批判する内容で、前同様、原告の闘争心を高揚させるおそれのあるものと認められ、抹消処分に裁量権の範囲の逸脱または濫用があったとはいえない。

(五)については、原告にとっては他人間の信書であり、新聞、機関紙等の文書と性質は同じであるが、その内容は原告を鼓舞し、反抗心をあおると判断されるものであり、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件死亡事故に関連するものかもしれないと思ったというにとどまっていて、疑問と不安を感じたと述べてはいるものの、被害感はあまり感じられず、抹消処分に裁量権の範囲の逸脱または濫用があったとはいえない。

(六)については、前記(一)と全く同一の記事であり、前記(一)と同様の理由で抹消したものと認められ、抹消処分に裁量権の範囲の逸脱または濫用があったとはいえない。

(七)については、「面会できます」との部分のみであり、〈証拠〉によれば、面会できるとは限らないのに面会できるとの誤解を与えるからということが抹消の理由であったと考えられ、他方面会が自由でないことは原告も分かっていたであろうと推測されることからすると、抹消する必要性が強いとは認められないものの、抹消による原告の不利益も大きくはないことを併せ考えると、抹消処分に裁量権の範囲の逸脱または濫用があったとはいえない。

(八)については、〈証拠〉によると、当時騒擾状態になかったとの報告がされており、その記載は事実に反すると判断されたこと、これが外部に知られ、誇張して掲載されると、新潟刑務所が非難、中傷されるおそれのあることが抹消の理由とされている。原告としては、真実を伝えるという意図で信書を作成したとしても、刑務所長が異なる事実を確認し、信書の内容が真実でないと判断された以上、抹消する必要があり、したがって、右抹消も合理的な理由がないとはいえず、抹消処分に裁量権の範囲の逸脱または濫用があったとはいえない。

(九)については、前記(八)に関しての抹消処分をめぐるやりとりと、これに対する自己の主張を記載した部分があるが、ただ、これだけが外部の者に知られると、刑務所側の反論がないと、一方的に新潟刑務所が不合理な懲罰をしたと誤解されるおそれがあることが認められる反面、原告と直接的には係わらない刑務所内で起きた事実であり、当然に原告に反論の機会が保障されなければならない事項ではないことを考えると、これを発信する必要性は強いものとは認められず、結局抹消したことに一応の合理性が認められ、抹消処分に裁量権の範囲の逸脱または濫用があったとはいえない。

八結論

以上の事実によれば、本訴請求は、本件損害賠償請求のうち、金二〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年五月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、同免脱宣言につき同条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荒井眞治 裁判官大塚正之 裁判官齋藤清文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例